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エレナの謎〜その1〜 葵の忘却のアポカリプスより
エレナの謎〜その1〜
エデンに存在する召喚獣は四大精霊の加護を受けた能力を持つ。
火の精霊、水の精霊、地の精霊、風の精霊。
更に上位になると光の精霊、時の精霊、闇の精霊の加護を受けるのだが、最上級の召喚が出来る召喚士など存在しない。
その中で、モフモフと呼ばれる最下級の召喚獣が『可愛い』『ペットに欲しい』『寂しさを埋めてくれる』と突然エデン全体で流行り始めた。
見た目がふわふわして愛くるしい姿である事と、基本草食で人には全く危害を加えることがない為、ペットとして人気が出たのだろう。
「モフモフの知名度が上がってここまで人気になったのはイリア様のお陰だねぇ」
熟年召喚士のアミザは、キセルをふかし嬉しそうに銭を弾いた。
彼女も若かりし頃はメタトロン帝国の霞と呼ばれる魔法士団に属していたのだが、年老いてから第一線で活躍するのが難しくなり、隠居した身だ。
「モフモフとは、一体何なのですか?」
「あれは自然のエネルギーを集約した物体のひとつ。そこいらの空気をかき集めたら召喚出来るくらい、儂らにとってかなり身近な存在なんだよ」
「長年霞にいらっしゃったアミザ様でしたら、モフモフのエレナという名前に聞き覚えがありますか?」
「エレナねぇ……正直城下町ではメジャーな名前じゃないかい。儂の曾孫にもエレナはおるしのう」
「そうですか……貴重なお時間をありがとうございます」
老婆に深々と一礼し、彼女の右手に銀貨を握らせるとディオギスは研究室へ踵を返した。
◇
「お師匠様ぁ、お帰りなさいませぇ〜」
「ただいま。はい、これ」
「ほえほえ?」
両手を出すようにレノアに指示し、その上にぽすんとフワフワした小さな塊を乗せる。
「こ、これは! エレナ様ではないですかぁ!」
レノアは瞳をキラキラと輝かせた。《戦闘》モードでない限り、彼女はごく普通の可愛いものが大好きなただの少女だ。
「モフモフだけど、エレナではないよ。彼女はイリア様専属だからね」
「それでも可愛いですぅ〜♡この子のお名前は何にしましょうか?」
「レノアの好きな名前をつけたらいいよ」
「このコは白いから、“モチ“にしましょう。先日貧民街の方から頂いた焼くと白くて伸びる不思議な食べ物の名前ですぅ🎵」
モフモフはどうやら魔力に応じて毛並みの色を変えるらしい。ディオギスが触れると毛並みも瞳も淡い緑色になる。そしてレノアの手に乗せられたモフモフは突然白く光った。
手のひらの上で嬉しそうにキュイ、キュイと鳴くその姿はまるで昔から此処に存在していたような感覚さえ覚える。
◇
モフモフを購入して一週間後。エレナと違い人の言葉を話すわけでも無く、何も変わらない。それは最初から分かりきっていた事なのだが、ディオギスの足は再びアミザの元へ向かっていた。
「やはり人の言葉を話すモフモフを作る事は無理なのでしょうか?」
キセルをふかしながらアミザは豪快に笑う。
「何でも頭から無理と決めつけてはならぬ。ただ、お主は風の精霊と契約を結んでおるからちと難しいかもしれんの」
「……分かりますか?」
「儂とて元・霞の端くれぞ。イリア様は光の精霊の加護を受けておられる。本来であれば最上級の召喚魔法も扱えるはずなんじゃが、召喚の資質は無いとそういえばウォルト卿が嘆いておったのう」
「人の言葉を話し、自我を確立させたモフモフはいません。イリア様は最強の召喚をしました」
「それが理解出来ておるなら話は早い。愛情を注ぎなさい。モフモフも、いつかきっと人の言葉を話すと信じてのお」
◇
デスクに向かい険しい顔のディオギスを心配しているのか、モフモフはキュイと鳴いた。エレナのように人の言葉は話さないが、見た目は愛らしい。
「心配しなくても大丈夫だ」
モフモフの毛並みを指先でそっと撫でると、その毛色はゆっくりと淡い緑色へと変わった。
モフモフが魔力濃度を感知する。これは今までに無かった発見のひとつだ。
一般の人間は魔力を持たないので、そのような機能があっても誰も知らないのだろう。
「この研究室にどうやって入ってきたのかも含めて、一度エレナをお借りしたいものだな」
エレナは特別なモフモフ。誰が触っても色を変える事がなく、自我の確立と『うらわかき乙女』という概念を明確に持っている。更にどう見ても猫に見えないのに己を『きゅーてぃくるな猫だ』と言い張る。
イリアに謁見する度に、エレナを借りたいと申し出るつもりなのだが、彼女に会うと何故かポーカーフェイスが崩れる。
冷静ではいられない。心臓がバクバクして顔が熱い。声を聞くだけで耳が幸せを覚える。そして彼女に微笑まれるときゅっと胸が締め付けられるような──。
「それは恋にゃ」
「エデンにおいて救国の巫女様と呼ばれるあの御方を愛してしまうなんて……」
「あー、やめとくにゃ。イリアはああみえてディオギスよりも……ふにゃっ!」
思わず目の前のモフモフ・モチを両手で掴む。先ほどまで嬉しそうに一人で毛繕いしていたのに、淡い緑色だった瞳はエレナと同じ黒いつぶらな瞳になっていた。
「ま……まさか──エレナ?」
モフモフがすり替わるなど聞いた事がない。そんな事よりも、イリアを愛しているだなんて独り言だとしても誰かに聞かれたら大事になる。
言い訳を考えつつ、ディオギスは白から変わらないモフモフを腕に抱いた。
「何でディオギスはエレナじゃないモフモフを飼ってるのにゃ。これは浮気にゃ」
どうやらエレナは先ほどの呟きを全く気にしていないらしい。その事実にほっとしつつ、さらにエレナの気を引く言葉を紡ぐ。
「ごめんごめん。このモフモフはレノアにあげた子なんだよ。エレナが此処にきてくれるならいいんだけど」
「にゃにゃっ! ディオギスのところに行ってもいいなら行くにゃ! イケメンに可愛がって貰えるなら幸せにゃ♡」
「……ああ、いつでも待ってるよ。今日はもう遅い時間だからイリア様の下にお帰り」
「また来るにゃ」
嬉しそうに腕の中で一度白く光ったモフモフは再び淡い緑色へと戻った。色が魔力を感知して変色したところを見ると、どうやらエレナは自分の場所へ帰ったのだろう。
「エレナは謎が多すぎる……何とか研究させてもらいたい」
急激に襲ってきた疲労に、ディオギスはモフモフをそっとデスクの上に乗せると椅子にもたれかかり、重くなった瞳を閉じた。
──エレナを借りて研究したい計画は、この数年後にごく自然な形で巡ってくる。