ふへらふへら #4【連載小説】

 春、出会いと別れの季節というがエバーガーデンも例に漏れず春先は出入りが激しくなる。新しく入居してきたのは今年から上京したという大学生のコヨミちゃんと社会人三年目のワタリ君、そしてベトナムからの留学生ホアンさんの三人で、対するは館の主のように振る舞う三十代後半のオー、毎回この手の場でなんとか女子陣を口説き落とそうとエネルゲイア的な行為を目指しては失敗している二十代半ばのエックス、オーとエックスは最初に名乗られた気がするけど興味もないし改めて聞くほどでもないという状態からいっさい更新がされないので便宜上アルファベットで呼んでいる、そして私としーちゃんで構成される歓迎会。お酒と各自の自己紹介エピソードを持ち寄り、料理長のしーちゃんが数日前から仕込んだ料理を囲む。他にも住人はいるはずだけれどもオーに求心力がないためか全員が集まるというわけではなく、確かに私もしーちゃんに誘われなければこの会の存在自体知らないので参加しなかっただろう。

 コヨミちゃんは4月から始まる大学生活に期待と不安で胸が一杯になっている姿が可愛らしく、ワタリ君も社会人になってから上京してようやく慣れてきたといった初々しさが良かったのだが、あまりに低姿勢でお行儀が良いものだからオーもエックスも先輩風を吹かせるのに躍起になり、しかもここぞとばかりにエックスはレイちゃんレイちゃんと親しげに声を掛けてくるのだから気持ち悪い。それなりに華やかにそれなりに遊んでいるようにみえるらしい私は、この手の無個性平凡草食系を履き違えているようなどうでもいい人系にモテやすいのだけれども、正直相当うんざりする。話術もなくお酒の力だけで押し切ろうとするくせに当人が先に酔ってしまうし、ちょっと社交辞令的に褒めたものなら好意があると勘違いして上から目線で人生観を語り始めたりするから、私は他の新人さん達に失礼だとは思いつつも、スマホを眺めながら適当な相槌を繰り返すことになる。お前の拙い人生なんかに興味ねえっつうの。ホアンさんの話の方が百倍面白い。ベトナム人留学生は日本にいま6万人くらいいて、アジアの中でも中国に次ぐ二番目で、日本への留学はブームにもなっているみたいで、でも留学斡旋業者の中には送客と集金だけを目的とした悪質な業者も多くて、日本に来ることはできても当初思い描いていたような日本という舞台で輝く自分を実現することができる人は極わずかだそうで、もともと日本に生まれている人はどんなに幸せなことか、というドラマによくありそうな表現も実態が伴えば胸に刺さる。聞いたかエックス、お前はいますぐその席を譲り渡したまえと一瞥したが、へえ大変そうだなあと対岸の火事にどこ吹く風で、世の中は実に不公平にできていると思ったけれども、安全圏に身を委ねている私も人のことは言えないな。

 二時間くらい経過してそろそろ宴もたけなわとなってきた頃、ビール買ってきたよーとスーパーの袋を提げながらどこかで見た顔の男がやって来た。しばらくしてしーちゃんが前に連れ込んだ男と分かり、あらあらまだ続いていたのねという感想に加え、既にコミュニティに馴染んでいるというこの男の営業力に感服。名を速水さんと言うそうで、仕事は早いが手も速い、なんて全然面白くはないんだけれどもエックスにだけ馬鹿ウケした自己紹介を交えながら、すぐに場の中心に君臨する。こういうタイプは一度会った人の顔や名前とその時の会話をきちんと覚えているようで、「やあ久しぶり、最近も動画作ってる?」なんて聞かれてしまったものだから、隣にいたエックスがなにそれなにそれと喚き立てて、エックスだけだったら無視するところをコヨミちゃんやワタリ君からも視線が集まってしまったものだから、いま留学中のルームメイトと一緒に作ってるんだよーって適当に応えて中身については触れずにお茶を濁していたところ、実は俺も高校時代にバンド組んでて、なんて誰もリクエストしてもいないのにエックスが動画を見せ始めたので、なんだよそもそもお前が動画見せたかったから騒いでたのかよと前座に使われたことにより一層不快指数が高まる。この後は予想通り、たいして演奏はうまくもなくて、ていうか学園祭の観客席から撮影しているものだから周囲の騒音も入り込んでいるしギターの音だけが響いてボーカル何言ってるかわからないし本人の解説能力もないものだから全然伝わらなくて、でもみんないい人だからすごいですね的な賛辞を並べて、本人ちょっと得意気みたいな展開になるんだろうなあと思っていたら概ねその通りになったのだけれども、速水さんが結構よかったよと口にしたものだから、私はあまりにも羞恥を抑えきれずにその場で石のように固まり続けた。

 あまりにつまらなさそうに見えたのだろう。部屋に戻りしばらくしてしーちゃんから無理に誘ってごめんねとメッセージが来て、全然無理して参加した訳じゃないよと返すも、本気で心配してくれているしーちゃんの気持ちに対してちゃんと返せていないことが嫌で、「飲み直さない?」と自分本位のメッセージを送ったところごめんね今日はちょっとと返ってきて、ああそういえば速水さん泊まるのかなと思い返して、でも私よりも男を取ってくれたことで多少の罪滅ぼしにはなっているような気がして……、なんだかまとまらなくなってきた、寝よう。




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