希望をくれた本との出会い -建築家 宮脇檀さん "最後の昼餐"-

もう20年ほど前 (書いてぞっとするけど)。
夢中になって読み、今もとても大切にしている一冊がある。
建築家、宮脇檀(みわわき まゆみ)さんの”最後の昼餐”である。

大切な一冊になった事情について書いておきたい。

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当時の私は、通っていた大学を家の事情で中退することになり、ハローワークで紹介された建築施工会社に事務として就職した。友人たちが大学3回生に上がった春だった。

施工会社が何かも知らずに、とにかく家にお金を入れるため、と割り切って選んだ就職先。仕事内容は現場監督のサポート事務で、原図を青焼きして製本依頼をしたり、見積りや契約書の作成をするのが主な業務だった。

作業着姿の監督達や、出入りの職人との専門用語のやり取りに面食う毎日。そんな日々の中で、次第に積算チェックの為の電卓が早く打てるようになってきたりすると、社会経済活動の末端に自分がここで、役に立っているのだという実感も持てるようになった。

とはいえ。先日まで自分も属していた、あの日常の先をまだ友人たちは楽しく過ごしている。
「サークルでどこに行った。」「誰とだれが付き合いだした。」など、無邪気な声が聞こえてくるたびに、「もう、自分はそこには居られなくなったのだ。」という辛い現実を目のあたりにするだけだった。

何より苦しく、辛かったのは私の両親だっただろう。
でも、その頃の自分には、辞めなければいけない状況に至ったうちの事情や、親を恨むことしかできなかったのだ。
自分が社会人になっても、親がそれを忘れることがないようにと、ときおり辛辣な態度を取るような嫌な娘だった。
申し訳なく思うけれど、その頃の自分にとっては仕方のないことだった。


それでも、長く恨んだり、妬んだりする気持ちでいることも結構しんどいものだ。
「このままでは、自分の為にはならない。」
誰にも相談もできないけれど、このままでは自分がもっと駄目な方に行ってしまう。頭ではわかりながらも、焦りを感じながら過ごしていた。


ある時、仕事で飛び交うちんぷんかんぷんな建築用語でも勉強してみようかと思い、本屋の建築コーナーを覗いてみた。

難しい用語が並んでいる棚にこの本が平積みで置かれていた。表紙には、お洒落なテーブルのスケッチが色鮮やかに描かれている。それが宮脇さんの”最後の昼餐”だった。
帯には、

娘の結婚、還暦、癌の宣告。それでも、
人生をよりよく楽しむ人
でありたい。
料理に腕をふるい、海外旅行を楽しみ、庭仕事にも精を出す。
自称”イタリア系日本人”の本懐。カラーイラスト日誌付き。

とかかれていた。

60歳を超えた宮脇さんが、自分が週末を理想通りに楽しむためにマンションの一室を購入しリフォーム。自身のガールフレンド(←本文のママ)を巻き込んだ2年にわたっての絵日記のような本だった。

まず、宮脇さんの文体がとても軽妙で読みやすい。何より、様々な困難を試行錯誤で乗り越えていくのが楽しくて仕方ない!というのがまっすぐ伝わってくる。
作るという意味で建築と似ていると宮脇さんが捉える料理。鰹節から出汁をとるのも当たり前。通いのイタリアンレストランからレシピも盗み自分で再現してしまう。即興的なアレンジと対応力でなんでも自分のものとしてしまうのだ。
この時代、この年代の成功者。そこ ここから漏れ出てくるバブルの香りも嫌味でなくてとてもおしゃれ。

手書きのリフォーム後の平面図スケッチがある。その上を、知識のない頭で何度歩いただろう。広いバルコニーに出て、ご自慢の椅子(ベルトイアかな?と後で調べた)に座って微風を受けながら本を読むような日常を、何度想像したか。

私は、
自分が居る世界とは全く別次元のこの1冊を、家具の裏に差し押さえの紙が貼られている現実をぐぐっっと押しやって、希望と強い憧れをもって読んだのだった。

宮脇さんは自らの手で理想の暮らしを作りだしている。もちろん様々な知識と経験がなせる業であるけれど。
今、自分は遠からず図面をみる毎日を送っている。でもこの先に、私なんかでも思い描いた生活を作り出していける道があるのかもしれない。

自分ではどうにもならない事柄に巻き込まれる不運を、独りで背負い込んでいるかのように悲観していた私は、そんなことを無謀にも想ったのだった。

いつか…自分も暮らしを楽しみたい。
何を? 
自分の意志で選んで生きられる人生を。

本の最後、宮脇さんは癌の告知をされて入院する。

生活を楽しむプロフェッショナルは、自分におこった禍を冷静に、時にコミカルに綴っている。
闘病記ではないからとあえて暗い事は書かれていないが、病室から見た風景や病院食のスケッチには以前の圧倒的な屈託のなさは陰りをみせている。
それでも、宮脇さんは食べることを愛し、自分らしく生きることを求めている。癌を(一旦は)克服されて、自分らしく食べる事に喜びを感じる満開の桜のテーブルのスケッチでこの本は終わっている。

この本に感化された私はしばらくして、夜間に通えるインテリアコーディネートスクールの門をたたくことになる。(建築士にはなれないだろうな…と思って)。
そのことはまた別の機会に、書いてみたいと思う。


長い文章になってしまいました。
書きたいことが書けているのか自信がありませんが、ここまでお読みくださった方がいたら本当にありがとうございます。

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