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逃走中に出たい息子と、ムツゴロウ王国に出たかった母

息子が真剣な顔をして言う。
「ママ、逃走中に出たい。」
数々のミッションをこなしながら、黒いサングラス姿の無表情なハンターから逃げる、あの人気番組に夢中なのだ。


「あれはコマーシャルに出る人とか、歌をうたう人とかテレビの人でないと出れないんだよ。(←適当)」
息子といかに遠い世界であるかという事を、やんわり伝えたつもりでいたけれど、自分と年齢が変わらない小学生たち(子役タレントさん)が参加している姿や、一般参加者募集中!などというワードが聞こえたりすると勇んで諦めない。

「〇〇(アイドルの愛称)なら出れるの?」と、テレビで見ると必ずチャンネルを止める、お気に入りのジャニーズタレントの名前を持ち出す。
出てるのは見たことないけど、テレビに出る人になれば出れるのかもね?とお茶を濁す。
「じゃあ、僕もなれば出れる?」
逃走中に出るために、テレビに出る人を目指すのかと可笑しくなる。
テレビの向こう側への遠慮のようなものが無くて、無邪気で良いなと思う。こんな事言ってたなと、”いつか思い出すランキング”上位に入るエピソードになりそう。

***

そういう私も、息子ぐらいの時に「あそこに出たい」と熱烈に思ったテレビ番組がある。
ご存じ「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」フジテレビ制作である。

この場合、「出たい」というより「行きたい」が正解なのかもしれない。
気持ちよさそうな大自然の中で、たくさんの動物たちに囲まれて暮らすなんて夢のようだ。犬を飼いたくてしょうがなかった頃なので、ムツゴロウさん達が何十匹もの個性的な犬たちと生活している姿に最大限に憧れた。

「あそこに行けば犬と暮らせる!」
見れば、人間の新しい仲間もどんどん加わっていく。小さい子だっているじゃないか。(王国の関係者の子供たちですよね)

当時、子供を含め沢山の人たちがムツゴロウ王国に手紙を書いたそうだ。
ムツゴロウ王国に行きたい。大人になったら王国で働きたい。それにはどうしたらいいですか?

私も何度も手紙を書こうと便箋にむかった記憶がある。でも結局出さなかった。放送がある度に手紙を出そうかなと母親にも伝えたけれど、母には「何言うてんのん」と一笑されただけだった。

出さなかったのは、母に笑われたのもあったし、結局テレビの向こうの世界には、自分なんかが行けるものではないと思ったからだ。
それに、もし手紙を見たムツゴロウさんから万一「おいで」と言われたら、友達にムツゴロウさんに手紙を出したことがバレてしまう。

「ムツゴロウ王国に行くことになったので、転校することになりました。」
朝の教室で、先生と並んでそんな事を発表する日が本当に来たらどうしよう。
「え!手紙出したん?? うそ~~~!ほんまに出す人いるんや~!」
そんな会話でもちきりの情景を想像して、頭をブンブン振る。
すごく恥ずかしい…。

どうやら、わたしの自意識はここら辺から曲がった方向に形成されていったのかもしれない。今思えば。

***

息子がもう少し大きくなって、本気でムツ...違った、そんな世界を目指したいといったらどうしよう。
母の態度のように、一笑にはしたくないな、してはいけないな、と思う。
ならば、まず息子の思いを受け止めてから本気度を確認して、それからぁ。
・・・。

ただの暇か。
息子不在の土曜日の朝を、暢気にこうして過ごしている。


ちなみに、母が切実に出たいと思った次なるテレビ番組は「世界ウルルン滞在記(毎日放送)」でした。もう大人の仲間入りだったけど。


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