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狂い咲きの季節 (閑吟集7)
「なにせうぞ、くすんで、一期は夢よ、ただ狂へ」(閑吟集)
地球の温暖化の影響は様々な環境の変化をもたらし、季節外れの花が咲くことは、さして珍しいことではなくなっている。
それは、きっと人間の心にも少なからず影響を与えているに違いない。
もとより「狂い咲き」はいろんな花で昔から見られることであり、花も勘違いするものだと思えばかわいいものなのだが、
人間の「狂い咲き」は、あまり良い意味には捉えられない。
「狂い咲き」は、もう恋の季節を過ぎた男と女が、再び恋に燃えあがること、あるいは、自らをわきまえず恋に狂うこととされる。
一度恋の盛りを過ぎたのに、再び恋に燃え上がる。
では恋の盛りが過ぎた時とはいつなのだろう。
結婚したら? 子供ができたら? 50歳? 60歳?
それは誰にも答えることができない質問。
人間はいつまでも狂い続けるのかもしれず。
桜は春に咲くのは当たり前。
少年少女時代に恋をするのは当たり前。
季節を違えてひっそりと咲く花は、ささやかなれども目だってとっても綺麗なもの。
もしかして季節どおりに咲く恋よりも、狂い咲く恋の方が綺麗なのかもしれず。
「なにせうぞ、くすんで、一期は夢よ、ただ狂へ」(閑吟集)
まじめくさって、どうするつもりだい?
一生はあたかも夢の如き、ただ狂いましょうよ。
人生を達観したような響きがし、励まされる言葉。
もちろん本当にいつも人生を狂い続けてはいけないのだろうが、そんな気持ちを持つことが大切だと教えてくれる。
恋に少しくらい狂った経験があるほうが、その咲かせる花はたくましく、落ち着いて、そしてしたたかなのだ。
自らの立場を忘れ、恋に狂う人の花の色もきっと美しかろう。
恋に狂った経験がある男と女の方が、艶やかに美しく、そして大人になっていける。
地球温暖化で狂い咲く花は増えていくかもしれないが、
逆に、狂うことすら知らない若者たちが増えているのではなかろうか。