FUDO-KI
今は古代。何かが起きる時代。国が起こる時代。
〈前回までのあらすじ〉
「麦」の国では、国王 浦島鳴(うら しまなり)が表の舞台から姿を消し、副王 賈智陽(かじやん)が台頭する。そして賈は「黍(きび)」と国名変更を宣言した。
国の東の外れ「氷川の丘」に「粳(うるち)」の国と思われる敵の大軍が現れ、「黍」の各司令や将軍が守備につく。東では「黍」の牟羅(もうら)と崔泰烏(つぁいたいう)が敵軍を撃破。しかし捕らえた敵兵は「粳」の国の者ではなく…。
~第18話 敵の正体~
黍国内は大混乱に陥っていた。東の地 氷川の丘を発し、黍国内に侵入してきた敵軍がどこの国の軍隊か分からないのである。粳国と思っていた敵だが違っていた。敵軍は南や西の海上にも現れ始めている。一刻を争うなか、国中の情報網を駆使して調査が行われたが正体を掴めずにいた。
「本当に粳(うるち)国ではないのか?」
「間違いない!牟羅様からも崔泰烏様からも石可児黄仁様からも同じ情報が上がっている!」
「それに粳国は古土迩(ふるどに)王のもと、弟の仁玖琉(にくる)と以真不(いまず)がそれぞれ、麻(あさ)国と蓮(れん)国と戦争中だ。わが黍国へ兵を割く余裕は無いはずだ!」
「ではどこの軍隊だと言うのだ?」
賈副王以下、国の重臣が集まるこの場に『一蛇』千田 雨根彦(せんだうねひこ)が戻ってきた。雨根彦は黍随一の外務官である。浦国王の片腕として各国中枢に外交ルートを持ち、各国に抑えを効かせてきた。見た目は外務官とは思えないコミュニケーションが難しい様な怖い顔をした背の高い大男である。
「さ~。敵が判ったぞ。敵はヒヌカ。つまり稗(ひえ)国と糠(ぬか)国の連合軍だ。」
場が凍りついた。いや激震が走った。
「ヒ、ヒヌカだと?」
かつて黍国は双角(もろすみ)率いる糠国軍に蹂躙され、亡国の憂き目にあった過去がある。
「しかし、敵軍は東の氷川に集まっているはずだが?稗も糠も西の国々だぞ。」
雨根彦は仕切り直し、順を追って話した。
「さ~。ヒヌカの国王は央日比(おうひび)。都を杤(とち)国の真薦宮に移している。西の盟主であった酒(くし)国を制圧したことが大きく、今では糠・稗・酒・杤・粟・稲で連合国家を形成している。」
「なんと大国の酒国を!そうであれば大陸との流通も握っておるのか?」
「なぜ、我が国は把握できておらんのだ?」
「待て待て、粟と稲だと?南の海を隔てた隣国だぞ!」
「杤国の真薦宮だと?ヤハト信仰か?」
色々な疑問や意見が上がったが、雨根彦は耳を貸さずに続けた。
「さ~。ヒヌカは南の海路と、稲国および粟国の陸路から進軍してきた。海路を進むのは双角の子たち、伊世李(いせり)と佐祁間(さじま)。陸路は央日比の子、三輪支(みわき)。」
名前を聞いてもピンと来る者はいない。しかし、ここで言う南の海路とは、黍国から見た南側の海のことで隣接している場所である。
「さ~。三輪支は実(さね)という小国にわざわざ立ち寄り、桃蘇(ももそ)姫を加えている。素性は良く分からんが、神降しで有名な姫で、氷川の丘での祭祀を取り仕切らせている。」
「それであれば桃蘇姫がヒヌカの祭祀王になったということか?」
「まるで我が黍国だけでなく、粳国や周辺国にもアピールしているようだな。」
「むしろ、粳国はどんな対応をとってるのだ?まさかヒヌカ側に?」
相変わらず雨根彦は他の意見に答えることはなく自分の話を続けた。
「さ~。どうやら三輪支自身は氷川付近から動いていない。陸路は伊世李が進軍中だ。海路を進むのが佐祁間。こいつは厄介で戦神と呼ばれるほど強い上に、あの海の一族『海万部(あまんべ)氏』を従えている。」
「な、なんと。海万部氏だと?海では圧倒的な最強の一族だぞ。」
「いや待て!急に多くの情報が入ったが、本当に正しいのか?」
雨根彦はそれらに答えようとはしない。賈副王は顔色一つ変えずに聞いている。雨根彦に近付いた佐田阿是彦(さたあぜひこ)は小さな声で言った。
「やはりヒヌカだったんだな。」
暫くして伝達兵が駆け込んできた。
「お知らせします。石可児黄仁様、西の砦を捨てて後退。後退です!」
皆の顔色が変わった。
「な、なんだと!」
「詳しく話せ!」
「はっ。石可児軍は敵軍と海戦になりましたが、敵軍の速さと巧みな戦術に翻弄され…。一方的に攻撃を受け続け、立て直すことが出来ず…。残兵をまとめて後退中です。」
「あの鬼の軍が?こうも容易く後退させられたのか?」
「これこそ海万部氏の戦いか!」
「どうやって防ぐのだ?早く防衛戦線を築かねば間に合わないぞ!」
ヒヌカの進攻は始まったばかりである。