セラムン二次創作小説『付き添いだったはずなのに』
ある日の休日。世間一般では待ちに待っていた嬉しい休日がやって来た。
せつな自身も普通であればゆっくり出来る休日は有難い。
しかし、今日と言う休日はせつなに取っては来て欲しくなかった休日だった。出来ることなら自身の技で一日を飛び越えたい。そんな禁忌を犯したいと思えてしまう程に来て欲しくなかった日。
「今日が来てしまったのね。とっても憂鬱だわ」
盛大なため息と共にベッドから起き上がり、重い体を奮い立たせて身支度をする。
何故せつなが今日、ここまで憂鬱に感じているかは五日前の月曜日に話は遡る。
いつもの様に研究室に引きこもってコンピュータと睨めっこしていると、隣で鉱物研をしているレイカが入って来た。
「せーつな」
いつも明るく元気なレイカだが、この日は殊更にテンションが高く、どこか嬉しそうだった。
これは何か朗報があると踏んだせつなは、コンピュータとの睨めっこを止めてレイカの方に体を向けた。
「報告があるの!聞いてくれる?」
「ええ、勿論ですよ。何ですか?」
「えっとね、あの……ね?」
頬を赤らめながらモジモジして中々言えないでいるレイカ。せつなはジーッとそんなレイカの言葉を待つ事にした。
「実はね?私、古幡くんとお付き合いする事になったの!」
「わぁ、レイカさん!おめでとうございます」
前からレイカが元基を好きな事は知っていた。元基の方もレイカに憧れているのは目に見えて明らかだった。
その為、付き合うのは時間の問題。傍で見ていてそう感じていたせつなだったが、一向に付き合う気配がない。進展もない。
この二人だけ時間の流れが異常に遅いのかと時の番人であるせつなは見ていて少しイライラしていた。
その二人が漸く恋人同士になったという報告は、せつなにとって喜ばしい事だった。次のレイカの言葉を聞くまではーーー。
「ありがとう、せつな。でね、今度の土曜日にデートに行く事になったんだけど……」
「まぁ、それは楽しみですね!」
「そうなんだけど、せつなにお願いがあるの」
「何ですか?」
「デートに着いてきて欲しいの」
この言葉にせつなは聞き間違えたかと思った。
余りにも現実離れしたお願いに、せつなは思考回路がショートした。
“着いてきて欲しい”とは?
普通、デートと言えば恋人同士の二人っきりで行うもの。他人に着いてこられるより、二人でいたいと思うのが一般的だと思っていた。
しかし、レイカはその逆で、着いてきて欲しいと言っている。その真意とは?
せつなに皆目見当もつかない。
「え?今、何と?」
ともあれ、レイカの真意はレイカにしか分からない。
ここは普通に聞いてみる事にした。
「うん、あのね?せつなに私達のデートの見届け人になって欲しいの」
「見届け人、ですか?」
「遠くでもいいの!見守っていて欲しいの!ダメ?」
デートの付き添いなんて聞いた事も無かったせつなは、レイカの申し出に戸惑っていた。
断ろうと思ったが、顔を見ると真剣な顔で頼んでいる。
「いきなり二人でって恥ずかしいし、緊張するの!お願い、せつな!力を貸して?それとも土曜日は用事があるかしら?」
「いえ、特には」
レイカはレイカなりに色々考えた結果の様だ。確かに言われてみれば初デートと言うものは今までとは違う関係をスタートする日。
そんな日に緊張しないわけはなくて。レイカもまた緊張でどうしようも無い気持ちで押しつぶされそうなのだ。
せつなとて、何かとお世話になっているレイカには何か恩返しをしたいと常々思っていた。
しかし、まさかそのチャンスがこんな子供っぽい頼み事になるとは思いもよらず、戸惑う。
「だったら、ね?お願い!せつな」
両手を顔の前で重ね合わせてお願いをされ、せつなは困り果てた。
大の大人がデートの付き添いとは、何とも滑稽である。
はじめてのおつかいでも小さな子供は一人で懸命に頑張るというのに。二十歳を超えたいい大人が付き添い無しではデートが出来ないとは、何とも情けない話である。
「仕方ありません。レイカさんにはいつもお世話になっているので」
「わぁ、ありがとう!せつな!」
こうしてせつなは、大の大人の初デートの見守り人として付き添うことになった。
決めたのはせつな自身であったが、考えれば考えるほどどう考えても乗り気では無い。
そして、日を追うごとに断ればよかったと言う思いが強くなる。
しかし、今更無理な話だった。正に、後悔先に立たず。
☆☆☆☆☆
そして、約束の元基とレイカの初デートの日がやって来た。
せつなの想いとは裏腹に、天候は快晴。
休日は天文台でのアルバイトとはるかとみちるとでほたるの家族サービスが日課だ。
しかし、事情を説明すると怒るばかりか、楽しそうの一言で歓迎されてしまった。
「では、行ってきます」
本当は行きたくないせつなは、足取り重く玄関を出る。
「行ってらっしゃい、せつなママ」
「頑張ってね、せつな」
「せつな、青春を楽しんで来いよ」
せつなの心を知らない3人は、楽しそうにせつなの後ろ姿に声をかけて見送った。
「全く、あの三人は……」
これからの時間を考えると憂鬱なせつなの足取りは重い。
取り敢えず自分は空気になる事に徹しようと待ち合わせ場所へと向かいながらせつなは考えていた。
「せーつな!こっちこっち!」
レイカに手を振られ、合図をされてしまい一気に空気になろうと決心した想いが崩れてしまった。宛が外れ、一転まさかの存在感増し増し。
ーーー振り回される盛大なフラグである。
「せつな、今日は無理言ってごめんね?」
「いえ、気にしないで下さい」
「せつなちゃん、ありがとね」
「いえ、お二人の貴重な初デートを見守れるなんて光栄です」
嫌がっていたせつなだが、いざ二人の幸せそうなオーラに当てられ、聡明な彼女はスラスラと思っても無い言葉が次から次へと出て来た。
これからどう言う立ち位置で付き添うか、頭を切り替えようとした。その時だった。
「お待たせーー」
爽やかな笑顔でこちらに向かいながら手を振るひょろっとした男性が1人、慌ててかけてきた。
「遠藤、おっせーよ!」
「ハハハ、悪ぃ!」
「レディを待たすなんて、紳士じゃないわねぇ」
「ごめん!今まで恋のキューピットしてやったじゃないか」
「仕方ない。それで手を打つか」
「許してあげなくはないわね」
このやり取りに完全に置いてきぼりを食らったせつなは、状況に全く着いていけずにいた。
「せつなちゃん、コイツは俺の親友の遠藤」
「私たちの恋のキューピットなの」
「そして、今日の初デートを取り仕切って付き添いも買って出たんだ。よろしく、せつなさん」
「よ、よろしくお願い致します。冥王せつなと申します」
とても礼儀正しい好青年の自己紹介に、せつなは改めて挨拶をした。
しかし、遠藤と名乗ったこの男、パッと見、恋のキューピットが出来るほどの恋愛経験がありそうには見えない。失礼ながら顔を見てせつなはそう第一印象として抱いた。
「じゃあせつなさんは僕とペア組んで後ろで二人を暖かく見守ろう!」
「あ、はい。そうですね」
提案力や行動力はありそうだ。遠藤のテキパキと指示する言動でせつなは、意外な彼の一面に驚いた。
遠藤の言う通り、レイカと元基を後ろからずっと見守る事に徹する事になった。その間、遠藤は2人の事、自分自身の事を話して聞かせて飽きさせないようにと気を利かせてくれたのか。ずっと喋ってくれていた。
勿論、当初の目的である見守りを疎かにする事はなく、ちゃんと二人の様子をチラチラと見ていた。
しかし、これは他の人から見たら私たちもデートをしていると思われるのでは?とせつなは冷静に考えていた。
「じゃあ大丈夫そうだから、後はお若い二人に任せようか」
「そうですね。今日はありがとうございました。お陰で楽しかったです」
そして、時間はあっという間に過ぎ、解散の時間がやって来た。
一人で付き添いかと思っていたせつなは、思いがけずもう一人付き添いがいた事で心強さを感じ、感謝の意を示した。
「僕もせつなさんがいて楽しかったよ」
お互いに心強かった様だ。
遠藤の事を良い人と思い始めたせつなだが、次の遠藤の言葉で全部吹き飛び、絶句することになる。
「今日一日一緒にいて僕、せつなさんの事好きになりました!僕と付き合って下さい!」
「はい?」
たったの一日で、好きになったと愛の告白をされてしまい、せつなは衝撃を受けた。
好きになられる要素がまるで無い。ましてや一日で魅力が分かるのか?
「僕の彼女になって下さい!」
「ちょ、困ります。そんなつもりじゃ……」
「だよね?だけど、考えてくれる?」
「……はぁ」
なよっちい見た目とは違い、結構積極的な遠藤にせつなは人は見かけによらない。凄いギャップの持ち主だと感じた。
断っているのに怯むことなく真っ直ぐ立ち向かうその行動力が、かつて戦ってきた敵とどこか似た雰囲気を感じ取る。
「さよなら」
「気を付けて」
そう感じたせつなは怖くなり、逃げるように帰って行った。
それから大学へ行くと、毎日の様に遠藤はせつなが引きこもっているコンピュータ室へと通い、ことある事にアタックする日々がスタートした。
こうしてせつなの平穏な大学生活は、意外な出来事により終わりを告げたのである。
おわり