セラムン二次創作小説『過去の刹那に身を焦がす』
「せーつな!」
いつもの様に研究室に籠ってデータと睨めっこをしているとレイカさんが入ってくる。
隣で鉱物研を時々していて、その度に気にかけて声をかけてくれる。
レイカさんはとても美人で、でもそれを全く鼻にかけてなくて、話しやすくて優しい人で憧れる。
戦士として覚醒してからは唯一のホッと出来る拠り所的存在となっている。
「レイカさん、今日は鉱物研はもう終わりですか?」
「全く、せつなは!研究熱心なのはいいけど、時間も気にした方がいいわよ?もう夜の7時よ?」
言われて驚き腕時計を見ると、確かに19時を回っていた。
時間を忘れて研究に没頭しすぎてしまったみたいだ。
何か気になる事があると時間を忘れてのめり込んでしまうのは自分の悪い癖。
またやってしまった事に頭を抱える。
「ねぇせつな、お腹空いたでしょ?奢るから食べに行きましょう」
「奢りなんて悪いです!私も出しますよ?」
「違うわよ!今日が何の日か忘れちゃったの?」
「今日……?」
今日は確か10月29日だったかしら?……ん?って事は?
「私の?」
「そ!誕生日でしょ?お祝いしたいの!」
その言葉だけで充分心が満たされ、泣きそうになる。
そして素直に受け入れる事にした。
断る理由もないし、今までも大学終わりに食事したり、講義の合間にお茶したりしていたから。
奢ってもらうのはちょっとむず痒いけれど、お言葉に甘えさせてもらおう。そう単純に思った。
だけど、まさかあんな展開になるだなんて思いもしなかった。
「ありがとうございます」
「良いのよ!私もせつなと話したいから♪」
研究を切り上げて片付けて食事に行く準備をする。
きっとレイカさんに声をかけられてなかったら際限なくやっていただろうから、研究から救い出してくれて本当に有難い。
そんな事を思いながら急いで準備して研究室を出る。
☆☆☆☆☆
行先はレイカさんが決めて予約してくれていた。
大学の近くに最近出来て大学内でも美味しいと評判のイタリアンレストラン。
貧乏大学生を対象にしているのか、コースでも単品でもリーズナブル。
評判だけあり、店は繁盛していた。
店の中の雰囲気もいい。
夜と言うこともあってか、客は少し年齢層は高めに見える。
予約席に座るとレイカさんが適当に頼んでくれた。
「せつなお酒は大丈夫?」
「今日で解禁になります♪」
「二十歳か~、おめでとう♪」
「ありがとうございます」
「じゃあシャンパン、チャレンジしてみよっか?」
「お任せします」
楽しそうにシャンパンを頼むレイカさん。
落ち着いているから、いつも年相応に見られず、こういう場に来るとお酒を勧められ、良く困っていた。
けれど、今日でやっとその煩わしいやり取りも終わり、お酒が飲める。
それを良くしてくれているレイカさんに見届けて貰えるのは嬉しい。
シャンパンと共に前菜が運ばれてくる。
当然の様に乾杯をする。
「改めて、せつな!お誕生日おめでとう♪」
「ありがとうございます」
「今日は私の奢りだから、もりもり食べて、じゃんじゃん飲んでね!」
「はい」
今日のレイカさんは機嫌がすこぶるいいようにお見受けする。
古幡先輩と上手くいっているのかしら?
「聞いてよ、せつな!古幡くんがね?」
ほら、レイカさん恒例の古幡先輩への愚痴という名の惚気け話。
奢ってもらうから今日も大人しく聞き役に徹しよう。
そう思っていたのに、何故か違う空気になってしまうことに……。
「って、今日はせつなの誕生日なんだから私の話は良いわよね?せつなの話が聞きたいわ!」
「私の、ですか?」
「そ!せつな、好きな人とか、恋人はいるの?」
「私の恋バナ、ですか?」
恋バナは正直苦手だ。寧ろ、転生してからしてこなかったし、今は小さなほたるの母親をしているから尚のこと、そんな話は皆無だ。
「聞きたいわ~。せつなが今までどんな恋愛をして来たのか?」
「そんな面白い話は、一切……」
「こんなに美人なのに、男が放っておかないでしょ?」
「買い被りすぎですって」
「そんな事無いわ!私が男ならせつな口説いてるもん!」
もしかしてこの雰囲気は、今日は逃げられない感じかしら?参ったわね……。
どうにか逃げ道が欲しいわ。
「そうだ!男と言えば、古幡くんを男に取られそうになった話はせつなにしたかしら?」
「い、いえ。初耳です」
って言うか、何そのインパクトの強い恋バナのタイトルは?
思わず飲んでいたシャンパンを吹き出しそうになったじゃない!
レイカさんって本当に色々経験豊富で、聞いていて飽きないわ。
これで私の話はしなくて済みそうでホッと一安心。
「そう、じゃあまたの機会に話すわね?」
「今話してくれないのですか?」
「だって今はせつなの話が先決でしょ?」
今日はどうやら逃してくれないらしい。
どうしましょう?恋愛らしい恋愛なんて一度も……。
唯一記憶にあるのは生まれ変わる前のセーラープルートとしてキングエンディミオンをお慕いしていたという事だけ。
これをどう説明すれば?
「聞いて面白い話は無いですよ?」
「面白い、面白くないはいいの!せつなの恋バナが聞きたいの!ダメ?」
かつての私達のプリンセスであるうさぎの様に上目遣いでお願いしてくる。私はこれに弱い。
知ってか知らずか、レイカさんもよくして来る。逃れられないって腹を括るしか無いのね。
「分かりました。話します!」
「やったぁ~、そう来なくっちゃ♪」
もしかしなくても、とても楽しんでらっしゃるわね?
お酒も入っているから余計。
まぁだから話しても忘れる可能性もあるから、話してしまおう。今後聞かれても「前に話しましたよ」って逃げられるから。
「好きな人には既に相手がいました」
「何それ、いきなりハードな展開ね?」
いや、レイカさん、あなたの「男の人に古幡先輩を取られそうになった話」の方がよっぽど凄いですけどね?
「最初から分かってて好きになってしまいました」
「止められなかったのね……」
「振り向いて貰うどころが、私の気持ちも気づいてなかったと思います」
「気持ち、伝えなかったの?」
「はい、伝えたいとも思いませんでした。と言うか考えても無かった。と言う方が正しいですね」
「どうして?」
「2人が理想のカップルでしたから」
「そう、辛い恋愛してたのね……」
「それを承知で好きになりましたから」
セーラープルートとして月の王国が反映していたあの頃、太陽系外部から月の王国に伝わる聖石“幻の銀水晶”とその持ち主であるクイーン。そして、王位なる継承者であるプリンセスを守る為、私は時空の扉を守る番人をクイーンから任命された。
外敵からの侵入者や、時空を超えるものからシルバーミレニアムを守るのに加え、プリンセスの誕生祭のあの日のあの出来事を機に、私は“破滅の戦士”を呼び起こすキーマンとしてタリスマンの守り人になった。
ずっと1人、孤独に守り続けて来た。
それが当たり前だと思っていたあの頃。
それがずっと続くと思っていたあの頃。
そして、その事を知っているのはクイーン。同じ任務に着いていたウラヌスとネプチューン。たった3人だけ。
存在自体、知られてはいけない。
そっと遠くからただ見守るだけ。
四守護神ですら、あの日から記憶を消され忘れている。
運命は残酷で、シルバーミレニアムは滅んでしまった。
所定の場所を動くことは許されず、滅びるのを遠くからただ見ているしか無かった。
そして、タリスマンのキーマンが3人集まり、セーラーサターンを召喚してしまった。
沈黙の鎌が振り下ろされるのを見届けると、私は眠りについた。
私は他の戦士とは違い、自ら3つ目のタブー“時間を止める”事さえ犯さなければ滅びない。
その為、シルバーミレニアムが滅んだ後、コールドスリープし、然るべき時に目覚めるようになっていた。
然るべき時、それはプリンセスが女王としてこの地に君臨し、また月の王国が復活した時。
そんな未来が来るかなんて分からない。
だけど気づけば私は月の王国が繁栄していた時と同じ様にまた孤独に時空の扉を守る番人となっていた。
ネオクイーンセレニティとキングエンディミオンに任命され、またセーラープルートとして孤独に守り続ける事になった。
それが当然で当たり前だと思っていたから何の疑問も無く、今回も来る日も来る日も1人、守り続けるものだと、そう思い込んでいた。
だけど、この時代ではそうでは無かった。
クイーンもキングも、私の事を気にかけてくれて、定期的に様子を伺いに来て下さる。お二人共、本当にお優しい。
孤独には慣れている。
「プルート、頼りにしているわ」
「君は強いし、頭もいい。頼りにしているよ。クイーンの相談に乗ってやって欲しい」
こんな事を言われた事は無かった。
免疫や耐久性がついていなかった。
いつしかそれが心の拠り所となり、気づけば私はキングに恋をしていた。
様子を見に来てくれるだけで、心が踊った。
私にもこんな感情が持てたこと、あったことに驚いたけれど、何だか嬉しかった。
産まれた時から私は戦士としての使命があった。
その為、愛や恋はご法度。
この先も愛や恋は封印して生きていくもの。そう思っていたから。
だけど、最初からこの気持ちは心にひっそりと秘め、そのままただ思い続けるだけ。それで良かった。
素敵なクイーンからキングを奪うなんて考えても無い。
それにキングはいつだってクイーンしか見えていないのだから。
クイーンとキングはいつも私の憧れだから。
そんな中、クイーンがご懐妊だとキングが嬉しそうに報告に来てくれた。
「まぁ、それはおめでとうございます、キング」
それが私の率直な気持ちで、その時の私の本音だった。
プリンセスの誕生に、私も心待ちにする日々が続いた。
そしてその日を境に、クイーンもキングもここに来る事は無くなってしまった。
当然と言えば当然で、大事な跡取りがクイーンのお腹に宿っているのだから、クイーンは行動を慎重にならなければいけない。ましてやおっちょこちょいなのだから余計に。
キングもそんなクイーンを良く理解しているし、心配でずっと付きっきりになっているに違いないと想像出来る。
私も立場をわきまえているし、ちゃんと理解している。
だけど、やはり訪問に慣れてしまうと少し寂しいと思ってしまうのは贅沢って奴なんだろうと思う。
そして月日は経ち、あっという間にクイーンはその日を迎え、プリンセスは誕生した。
その数日後、クイーンとキングは産まれたてのプリンセスをその胸に抱き、私に会いに来てくれた。
「プルート、あれ以来来れなくて済まなかっまたね」
「いえ、良くご理解しておりますから。キング、クイーン、この度はプリンセスの誕生、おめでとうございます」
「ありがとう、プルート。抱いてあげて♪」
「そんな、恐れ多いです」
「良いから、良いから♪プルートに抱いて欲しいの」
「では、失礼します」
初めて抱いたプリンセスはとても小さく、とても軽くて可愛い。
この子が、いずれこの星の、シルバーミレニアムを、そしてこの太陽系を統べるクイーンとなるお方なのね。
「プルート、この子の話し相手になってあげてね」
「はい、勿論ですわ」
「名前はスモールレディって言うの!私が付けたのよ♪」
「スモールレディ、この子にあったとても素敵なお名前ですわ」
「いつか立派なレディになる様にって想いを込めたの」
「なりますわ!貴女の様な立派で素敵なレディに。貴女の娘ですから」
「ありがとう、プルート。大好きよ」
「勿体無いお言葉ですわ」
その後も何度もお2人でスモールレディを見せに来てくれた。
その度に少し成長しているスモールレディを抱かせてくれた。
だけどスモールレディが3歳を過ぎた頃から来なくなってしまった。
教育が始まり、忙しくなった事もあると思う。
一番の理由は、やはり私は時空の扉をひっそり守る孤独の番人である事。その為、隠さなければならない。
けれども、スモールレディ自身が必要になり、来る事があればまたその時は、相談相手になってあげよう。そう決意した。
そしてその時は割とすぐに訪れた。
「初めまして、スモールレディ」
「あたしを知ってるの?」
「こんな所まで来ることが出来るのは、シルバーミレニアムの一族の者だけです。私の名はセーラープルート、この扉の番人です。あなたはクイーンに瓜二つですよ。きっと美しいレディになるわ」
跪き、頭を垂れて挨拶をすると不思議そうな顔をしていた。
シルバーミレニアムの一族だからと言うのも本当だけれど、そのピンクのお団子頭はよく覚えている。何度も抱かせてもらっていたから。
泣きながらこちらに来たから、何か悲しい事、嫌な事があった事が伺えた。
励ましてあげたくて魔法を使って笑顔にしてあげようと思った。
「アブラカタブラ~、ポン!」
ガーネットロッドでお花を出してあげると、とっても喜んでくれた。
そしてこの日を境にスモールレディはちょくちょく私に会いに来てくれた。
クイーンがしょっちゅうここに来ていることを心配して「プルートの邪魔をしていない?」と聞いてくる事もあったけれど、寧ろ逆で。とても私は救われていた。
落ち込んだ時や悲しい時、寂しい時に来る事が多かったけれど、その度に私は魔法使いになって笑顔にしてあげた。
クイーンに頼まれた事もあるけれど、何より私自身がスモールレディを励ましたり、笑顔を見るのが好きだった。成長を見守りたいと思った。
「ねぇ、プルート?どうして私にはシルバーミレニアムの額の印がないんだろう?成長も出来なくなっちゃったし……」
「貴方はれっきとしたクイーンの娘です。額に印がないのは、貴女が地球人として産まれたからだと私は推測してます。貴女は貴女です。例え額に印が無くても、貴女は立派なシルバーミレニアムの一族ですよ。成長もきっと出来ます!自信を持って」
そう、額の印が無くてもスモールレディは立派なシルバーミレニアムの跡継ぎ。
成長出来ない理由は分からないけれど、きっと成長出来るし、額の印もその時に現れると信じてる。
その時までスモールレディの中で力を蓄えているんじゃないかと、成長の機会を伺っているのだろうと思う。
私はここを動けないけれど、スモールレディが立派なレディに、いいえ、クイーンとなり立派にこの太陽系を治めている姿を見守り続けたいと、小さな体で悩んでいる姿を見てそう思った。
けれど、ブラックムーンの激しい攻撃のせいでその願いは叶わなかった。
いいえ、少し叶ったかもしれない。
敵の手により成長を遂げたスモールレディを少し見ることが出来た。緊迫した事態の中だったけれど私はそれだけで嬉しかった。
銀水晶を、この星を守ろうと、敵の手に落ちても必死に頑張るその姿はクイーンにも負けず劣らずだと感じたから。
そんなスモールレディを守れるのならと、自ら最大のタブーをあの時に犯して死んだ事は後悔していない。
寧ろ、月の王国が滅びたあの日、動くことを許されず見ている事しか出来なかった時とは違い、時の扉を離れて戦場に向かって戦士として役に立てたことは今でも私の誇り。
ずっと憧れていたキングに見守られて最期を迎えられた事も、嬉しかった。
ただ、スモールレディを守り切れなかった事は心残りだった。
暫くはクイーンのご好意でクリスタル・パレスで永遠の眠りについていたけれど、ある日、クイーンに任命され、そこで私は漸く普通の“冥王せつな”としての生を生きる事になった。
正直、大学に入るまで戦士であることは忘れて普通に生きていた。
キングへの恋心も綺麗さっぱり忘れていた。
でも、デス・バスターズの本格的な攻撃で戦士として目覚め、何もかも思い出した。
目覚めた私はキングへの恋心よりも戦士としての使命の方が勝っていた。
あの日の恋は良い思い出。そう心から思えた。
それはやはりキングの過去の姿のプリンスが誰よりもプリンセスを前世で見た時と同じ様に愛してらっしゃるのがヒシヒシと伝わったから。
お似合いのカップル。素直にそう思った。
「せつなはその恋に後悔はしてる?」
「いいえ、全く。例え実らないと分かっていても、良い経験が出来ましたし、成長させて貰えたなと思ってます」
しまった。レイカさん、聞き上手、聞き出し上手でついつい喋り過ぎてしまった。
「そっか、なら良かった!私も、こんな話が聞けるなんて思ってなかったから、聞いちゃいけなかったかなって反省しちゃった」
「そんな、レイカさんは何も悪くないです。私が話そうって決めたので、聞いて下さって嬉しかったです」
“私、実はキングに恋してました”なんて話し、仲間の戦士には言えないから。こうして聞いてくれる人がいて、本当に良かったって話した今はそう思う。
聞いて欲しかったのかもしれないし、聞いてもらうことでまたスッキリして戦士として使命を全うすることに邁進出来る。
レイカさんのお陰で色んな事を思い出すことが出来た。
そしてその後、コースを食べ終わった私たちは会計を済ませ、店を出た。
「今日は本当にご馳走様でした」
「いえいえ、私が誘ったんだし、せつなの誕生日だし、恋バナもして貰ったし!安いもんよ♪また、2人でご飯、行こうね、せつな♪」
「はい、是非!今度は奢らせて下さい」
「まぁ、せつなったら!お言葉に甘えさせてもらうわ」
結局、本当に私の恋バナだけを聞いて、レイカさんは自分の話は一切せずに聞き役に徹してくれていた。
私としては最初に言われた“男の人に古幡先輩を取られそうになった話”が聞きたかったけれど、それはまた今度のディナーまでのお預けって事か……と少し残念に思いながら可愛い娘が待つ家へと帰路に着いた。
おわり
二年前のせつなさん誕生日の書き下ろしです。