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人の力を借りるということ:死ぬまで働くために

今、瀬戸内の「豊島(てしま)」という島に滞在して、
新しい宿泊・イベントの複合施設の、ちょっとしたお手伝いをしています。

客室からは全て海が見えます。

デッキテラスの向こうは瀬戸内海です。

こちらの館長の三好洋子さんについて書いてみたいと思います。
これからの生き方、働き方のヒントがたくさんありました。


三好洋子さんはこんな人


60代女性。(株)ベネッセ在籍中に「たまひよ」、「サンキュ!」の創刊プロデュースを担当。独立後、様々な新商品や事業の開発プロデュースを行う。一般社団法人オトハル(オトナ思春期をデザインする)、一般社団法人食アカなど多数関与。

noterさんでもあります。
noteでは、ご両親の介護について明るく書かれています。

「オトナ思春期をデザインするプロジェクト」=オトハル

食で未来を創るアカデミー


42歳で病気を発症し退社


三好さんが、大学卒業後に入社したのは福武書店(現(株)ベネッセ)。
大学受験のための教育事業「進研ゼミ」の営業部で
DMを作ることがキャリアのスタートでした。
その後、出版事業の立上げにかかわりました。

しかし三好さんは、ベネッセを42歳で辞めます。

きっかけは、ストレスからくる「喘息」の発症だったそう。
何度も、夜中に発作を起こし救急車を呼ぶことを繰り返します。
ある日、看護婦長さんに呼ばれ
「直す気がないんですか」
と言われたそうです。
喘息で亡くなる方は、年間千人以上もいるんですよ、と。

会社は大好きだったそうです。

しかし、働く=長時間労働でしか、
パフォーマンスを出せないと思っていたそう。
そのやり方では、限界が来る年齢になっていたのです。
他のやり方を知らなかったと言います。

辞めた後になって、給料のない怖さを知ったといいます。
その後、仕事を紹介してもらい、フリーで仕事をはじめます。


「オトハル」プロジェクトの始まり


男性向け商品がメインだった「グンゼ」で
女性向け下着の企画が持ち上がり、声が掛かったそうです。

40、50代女性の「消費者からの声」で、こんなことがあったそうです。

同じ商品を使っているのに、
「お尻がはみ出る」
「皮膚のかゆみが出る」

女性医療の専門家に聞いたところ、
女性の皮膚は更年期で敏感になる
体のラインも変化する、と。

そこで、その年頃になったら下着も変えることをコンセプトに、
更年期に変わる言葉として「オトナ思春期」が生まれたとのこと。

これが、40、50代に起こるいろいろに、
三好さんが興味を持つきっかけになったのでした。

40、50代は自分の体以外にも、夫、親、子供、、
モグラたたきのように次々と色々なことが起こる
体調も悪いので、悪いサイクルになる。
女性医療は、欧米から30年遅れていると言われていることなど。

「グンゼ」では、販売戦略の変更から
「オトナ思春期」という言葉は使われないことになります。

2014年、三好さんが50代半ばの時に、
「オトナ思春期をデザインするプロジェクト」=オトハルが誕生します。

私のオトナ思春期が始まった頃、手探りで相談できる人を見つけたり、
ひとりで悶々と悩んだり、遠回りしたことが
いま、役に立つのではないかと「大人思春期をデザインするプロジェクト」
という<場>を作りました。

https://otoharu.com/about/

※「オトナ思春期」という言葉は
「グンゼ」から「オトハル」へと譲渡されます。


スタエフ「オトハルラジオ」で放送しています。
※毎週水曜日21時~

「相談したいこと」を、「相談したい人」につなげているとのこと。


時代の変化


オトハルで色々な人との出会いがあるとのこと。
こんな話が印象的でした。

40、50代で、今までの人生に過剰適応せずに、
一度底まで落ち込み苦しんで上がると、後半が良くなる。
どこか、いつかは分からないけれど
一度リセットをするのは良いこと。

オトハルが始まってから8年。
コロナで特に変化を感じる。
働き方の自由度が増したため。

また、ITが進むと、
今までの仕事のキャリアが役に立たなくなってくることも多い。 
会社で、後輩を教えるよりも若い人から教えられる場面が増えてくる。

そういった中で、勉強のし直しをする人が増えた。
大学に行く、資格を取るなど。
人生100年時代に学び直しや、
シフトチェンジをどうするのか。
考えることが、加速度的に多くなってきたと感じる、と。


50代は新たなチャレンジのとき


三好さんは、男女雇用均等法以前の年代です。
同年代女性は結婚や子育てで、仕事を辞めている人は多いそうです。

「オトハル」で
何かの資格を取るところから始める人や
自分のしたいことは何だろう
色々なセミナーに参加したり「動く」人は多い。

動くと、そこで誰かに「出会う」
人との出会いから次につながっていく、といいます。

そして、東京中心の生活をしていた三好さんは、
9月から、豊島に住んでいます。

豊島、ご両親の住む岡山、東京の3拠点居住とのこと。
三好さん自身も新たなチャレンジをしているんですね。


死ぬまで働いていたいな


出会った人、仕事で出会ったテーマ
「キャリア」という枠を超え
「三好さんの今」を形作っている気がします。
こんな生き方が出来たらいいなと思いました。

三好さんは今60代。
「死ぬまで働いていたいな」といいます。

しかし、
「出来ないことが増えている」と感じるとのこと。
若い時は「自分がいかに力をつけるか」
これからは「いかに人の力を借りるか」だといいます。

その言葉通り、太陽の様な三好さんの回りには、
「三好さんのためなら」とたくさんの人が集まります

島の人たちも、みんな「三好さん」と声をかけてくれます。

人とつながり、人をつなげる。
人の力を借りられる人になる。
そうして「死ぬまで働けたら」幸せですね。

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