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新世界

20歳になってから半年、そこまで期待もしていなかった成人式は案の定消えた。僕は行く気が起こらなかった成人式だったが、他の人は友人と会いたかったとか振袖を着たかったとかで、成人式が消えたことに対して違う面持ちかもしれない。例年なら成人式は行くか行かないかを選ぶことが出来たので、行きたくなければ行かなくていいし、行きたいならば行けばよかったが、今年はそういう選択ができるほどの余裕が無い年だった。



一人暮らしをしている自分から見ると、今年一番変わったのは「誰かといる時間の長さ」かもしれない。高校生活までなら、昼は学校で友人その他諸々と空間を共有していることになるし、夜はほぼ確実に家族と過ごす。大学生になって一人暮らしを始めてからも、大学では誰かと講義を受けて昼食を食べ、その後も誰かの家に集まったりする。一人の時間は増えたが、それも楽しい時間だった。


2年生になってから、そういう当たり前と思っていた生活はあっという間に消えた。2月初頭からじわじわと広がったウイルスは、3月末になって社会を完全に停止させた。当時の札幌駅や大通、新千歳空港は空虚と化していた。大学の集中講義は始まる数日前になって中止された。北国の長い冬がより長く感じた。春になって、街ゆく人々の表情は見えなくなった。パラダイムシフトが感覚として入り込んできたのは初めての経験だった。


こんな世界で大学は模索しながら講義を再開させたが、それは全てパソコン1つで収まるものだった。いわゆるオンライン講義というものである。この形態が一般化したことによって、徒歩数分の距離に大学がありながら家で全てが事足りる日々が始まり、1日の導線が大きく変わった。


まず起床時刻がかなり遅くなった。PDFやPPTを見るだけの講義はその時間に出席する理由がないので、講義を見る時間が夜遅くになる。起きたら太陽が高く昇っているというのはよくある話だ。次に食生活が不摂生になり始めた。1年の頃は昼食は学食で、夕食は自炊か誰かと外食というパターンだったが、2年になってからは学食という概念が消えてしまった。その結果1日1食という日も増えた。


そして何より家から出る機会が減ったので、誰かと過ごす時間が減った。この機会にどれくらい誰とも話さず生活できるかを試してみたのだけれど、二週間くらいが多分限界だと思う。他の人はどれくらいが限界なのだろうか。幸い僕は2年なので友人が近くにいるが、この先のことを考えると今の高校生が実家から出て一人暮らしをしてまで、遠くの大学に進学する理由は薄れていると思う。近くに頼れる人がいなくなったこの環境下では、自殺する人が増える理由もうなずける。



人間は先が見通せないことに不安と不満を持つので、この抑圧された環境が長くなるにつれて歪むようになる。分かってもいない、答えがはっきりしていないことに意見を対立させるのは、もうしょうがないんだと思う。段々と我慢が出来なくなって、医療機関の叫びが「これくらいなら大丈夫」に負けていく。それは多分親族や親友、大切な人が死ぬまで変わらない。


月日は巡って、木々が色づく頃になった。こういう何もかもが分からない日々で、別に何かあるわけでも無いのに泣きたくなるような瞬間が訪れるようになった。最後に泣いたのがいつかさえ覚えていないほど涙腺の枯れた人間だけれど、何故か眠れなくなることがあった。この感覚は中1と高3でもあったし、その時も今回もいつの間にかそれは消えていった。


僕は人の深い部分を知ることに責任を感じるし何よりも怖いので、他人と深い繋がりをあまり持ちたくないし訊くこともない。僕のことをよく分からないと言う人がいるのは、きっと僕が僕自身を分かっていないからだ。なので他人のことはあまり分からないけれど、この息苦しさを人知れず持っていた人は多いと思う。2021年はそういう苦しさを持たないで過ごせるだろうか。何度もやってくる朝日を美しいと思いながら生活できるだろうか。僕はもう少し世界に寄り添って日々を乗り越えようと思う。


2021年が息のしやすい一年になりますように。

noteを書くときにいつも飲んでいる紅茶を購入させていただきます。