"CLOCK DVA"の事。
音楽のジャンルやカテゴライズというものは結構いい加減なもので、無理矢理な方法で共通点を探し出しては、一緒くたに語り出したりする。例えばエレクトリック・ボディ・ミュージックというジャンルは、その元祖と言われるドイツのLiaisons Dangereuses、その影響下で発生したベルギーのFront 242とその周辺あたりが有名だけど、一時的に近いサウンド志向だっただけで、一派に括られてしまったバンドがイギリスはシェフィールドに存在した。シェフィールドと言えば、偶然か必然かエレクトリックなサウンド志向を持つバンドが多いけど、その知名度はかなり異なっていて、著名なのは生きる伝説のCabaret Voltaire、商業的成功を収めたHuman League、そこから派生したB.E.F.(British Electric Foundation)のHeaven17、ABCあたり。でも、キャリアは長いし功績もヒットもあるのに、知名度が低すぎるバンドもいる。例えば、このClock DVAなんてどうでしょうか。
Clock DVAは、1978年にイギリスはシェフィールドで始まったアート・プロジェクト。その原点は、中心人物のAdi Newtonが1977年頃に組んでいたバンドThe Studs~The Futureから。大学生だった彼は、演劇のプロジェクトに関わった事からステージ・パフォーマンスに興味を持ち、その一環として音楽を始めました。その時に、後にHuman League~Heaven17で活動するMartin WareとIan Craig Marshと友人になりThe Futureの結成へと繋がった様です。その後、友好的にThe Futureを脱退したAdi Newtonが立ち上げたバンドがClock DVAでした。初期メンバーは、Steven "Judd" Turner、David J. Hammond、Roger Quail、Charlie Collinsの5人組。グループ名は、アントニィ・バージェスの小説「時計仕掛けのオレンジ」で、言語学者でもあるバージェスによって創作されたロシア語と英語のスラングで組み合わされた人工言語「ナッドサット言葉」の響きに触発されたもので、DVAは”2”を意味するそうです。過去のバンド・メイトであったHeaven17の語源も同じ小説の架空のバンド名から来ていますね。若い頃からダダイスム、シュルレアリスム、アルフレッド・ジャリに傾倒し、絵画とヴィジュアル・アートの分野の同人誌を作っていたAdi Newton曰く、元々は音楽という形態を使用するつもりではなかったとか。ダダイスム、シュルレアリスムと言えば、バンド名も含めて同郷のCabaret Voltaireと芸術意識は近いと思われるので、シェフィールドという土地の特色なのかとも思いますね。Adiは、Velvet UndergroundとThe Stoogesのアルバムを全部持っていると語っているので、その影響が色濃い様で、やはり音楽には拘りがあるのでは。ヴィジュアルを形成して音楽と結びつけるというスタイルでアート活動を行っていますが、音楽+ヴィジュアル・アートの展開に移るのは、もっと後の話。
Clock DVAは、1979年にプライベート・カセットとして"The Texas Chainsaw Massacre”を制作していますが、これは映画『悪魔のいけにえ』のサウンドをコラージュした30分にも及ぶ悪魔のようなシロモノで、一般発売はされていません。デビュー・シングルとしては同年の"tape 1."と、アルバム並みのボリュームの大作"The Sex Beyond Entanglement "を自身のレーベルであるDvationからカセットでリリースしています。ダークで実験的な即興演奏とシンセサイザーを最大限に使用し、映像的なイメージの膨らみや叙情的メロディ・ラインがあるこの作品は、サウンドをカット・オフしたりノイズ化コラージュしてしまう同時代のバンド、Throbbing GristleやCabaret Voltaireなどのノイズ/インダストリアル系のバンド達とは異なる志向を持っています。まあ、明らかに得体のしれないグロテスクな部分も併せ持ってはいますが。その後も”Deep Floor" , Fragment" "YMCA"などのカセット・シングルを量産しており、Dvationから実質自主でリリースしています。彼らは多作なので、すべてを紹介するのは無理です、と今のうちに言っておきます。こんなにカセットが多いのは、シングル・リリースする予定だったレーベルの都合で発売できなかった曲が多い様です。ライヴも積極的に行っており、バンドが変わってからも親交のあったHuman Leagueのステージに出演時、その攻撃的すぎるパーフォマンスで出禁を喰らった事もありました。
1980年にデビュー・アルバムと言える"White Souls In Black Suits"を、Throbbing Gristleが主宰するレーベル、Industrial Recordsからリリースしていますが、これもカセット・テープ。レコーディングは、自身のDVAtion Studioで行っています。15時間にも及ぶスタジオでの即興演奏を60分に凝縮したもので、ノイズギター、サックス、ギター、オルガン、クラリネット、おもちゃの楽器などの不協和音を自由に放り込み、執拗にトライバルに反復するリズムやノイズが鳴り響くフリー・フォームなもの。TGのレーベルからという事でノイズに寄せている感はありますが、意外と根っこのメロディアスな部分やヘヴィなヴォーカルはしっかりとしていて、ハッとさせられる美しい音色と旋律もあったり。粗削りですが、少なくとも人の精神を逆撫でするために作られたものではなく、前衛的で、フリー・ジャズっぽさも感じさせます。今作は2年後にアナログ化されています。
1981年にオリジナル・メンバーのDavid J. Hammondが脱退してPaul Widgeに交代し、2作目となるアルバム”Thirst”を、Rod Pearceが主宰するロンドンのレーベル Fetish Recordsからリリースしています。Fetish Recordsは、Throbbing Gristleの追加プレスのリリースから始まって、23 SkidooやThe Bongos、Cabaret VoltaireのStephen Mallinderのソロなどをリリースするカルト・レーベルです。ジャケットはこのレーベルの名物、後に有名なアート・ディレクターになるNeville Brodyが手掛けています。プロデュースは、Psychic TVのメンバーで、Throbbing GristleのGenesis P-OrridgeとPeter Christophersonとのプロデュース・ユニットTony, Terry & Davidでも知られるKen Thomasが手掛け、ライナー・ノーツをGenesis P-Orridgeが書いています。今作も攻撃的でフリーなサックスが印象的ですが、明るい旋律の印象的なフレーズや、小気味良いリズミカルなギターやビート、ダークで破壊的ながらメロディアスに歌い上げるヴォーカルが印象的で、ゴシック・ロックやアート・パンクのバンド達と比較され、UKインディ・チャートの1位になります。しかし、Adiとしては本意ではなかったのか、方向性を変えるためにメンバー3人を追放しています。間もなくオリジナル・メンバーのSteven "Judd" Turnerが薬物の過剰摂取で急死するという悲劇に見舞われます。AdiひとりになったClock DVAは、ライヴ・カセット"Live Leeds 7-5-81 / Heaven 30-3-81"をリリースしたのを最後に、活動を休止します。
1983年、前作の実績からかメジャー・レーベルのPolydor Recordsからオファーを受けたAdiは、新メンバー4人を集めて5人組として再結成します。新メンバーには、後にSiouxsie & The BansheesのメンバーになるJohn Valentine Carruthersも含まれていました。アルバムの先行で"Passions Still Aflame" , "High Holy Disco Mass" , "Resistance "といったシングルをDVA名義などでリリースした後、アルバム”Advantage”をリリースしました。Echo And The BunnymenやModern Englishのプロデュースで名を上げたHugh Jonesがプロデュースを担当したこの作品は、ギターやホーンに整合性が生まれ、シンセサイザーの煌びやかな響きとダンサブルなデジタル・ビートに、衝動的で陶酔感のある低音ヴォイスもハマっていて、プレスからの評判も上々でした。しかし、アルバムのプロモーションのためのヨーロッパ・ツアー中にバンド内の軋轢が頂点に達したため、Adiはツアー中にバンドを放棄します。Adi抜きのバンド・メンバーがClock DVAとしてライヴ・ツアーを継続しましたが、観客やプレスからの痛烈な批判を浴び、バンドは解散してPolydorとの契約も解消します。Clock DVA解散後の1983年、Adiは、マルチメディア・アートのプロジェクトであるThe Anti Group(T.A.G.C.)を立ち上げ、自身がプロデュースしたパフォーマンス・アートの舞台や、映像と音楽のミックスによる様々な作品やステージを行っています。
1987年に、The Anti Groupとの活動と並行してClock DVAが再始動します。The Anti Groupで行っていたコンピューター・ミュージックの可能性を拡張するためのプロジェクトでは、デジタル・サンプリング・シンセサイザーとコンピューター・シーケンサーによる実験を行っており、その成果として、Clock DVA名義のアルバム"Burried Dreams"がドイツのレーベルInterfisch Recordsから1989年にリリースされています。全編、デジタル・サンプリングを駆使して制作されたこのアルバムは、音楽制作の基本を無視したサウンド・メイキングでありながら、粗暴なダンス・ミュージックとして機能する革新的な作品です。彼らのお得意であるヴィジュアル・イメージのある音像の迫力に圧倒されます。特に人気の高い、アルバムのラストを飾るアップテンポな”The Hacker”は、フューチャー・エレクトロ/サイバー・パンクの先駆けと言われて賞賛されています。この作品が、アメリカではWax Trax!からリリースされた事から、EBMとしてカテゴライズされたっぽいですね。1991年にはアルバム”Transitional Voices”、1992年にはアルバム”Man Amplified” と ”Digital Soundtracks”、1993年にはアルバム”Sign”をイタリアのレーベル Contempo からと、リリース・ラッシュが続ました。この頃、イタリアに移住したAdiですが、所属レーベル Contempoが経営難に陥り、契約上のトラブルからバンド活動を休止し、しばし沈黙の期間に入ります。
15年ものブランクの後、2011年にClock DVAは再始動しています。 イタリアのミュージシャンMaurizio "TeZ" Martinucciなどを加えた新しいラインナップで、フェスティバルや会場でライヴを行ったり、入手困難だった初期カセットの音源をまとめてビニールのボックス・セットにした”Horology”をシリーズとしてリリース、2013年には前作"Sign"の後にレコーディングしていた素材を用いた20年ぶりとなるアルバム"Post-Sign"を自身のレーベルAnterior Research Media Commからリリース。その後も、Clock DVAとThe Anti-Groupの活動を並行して行っています。ヴィジュアル・アートとデジタル・サウンドの融合によるライヴや、様々なミュージシャンとのコラボレーションなど、Adi Newtonの飽くなき挑戦は、まだまだ継続しています。
途中にインターバルがあるとはいえ、非常に長らく活動しているClock DVAは、時代と共にサウンド・スタイルを変えていった。それはトレンドに寄せるのではなく、初期は衝動的な実験的サウンドを、中期は実験音楽をデジタルに磨き上げ、その後はサンプリング技術の可能性を自らの実験によって拡張させた。コンピューター・ミュージックを進化させた功績はあまりにも大きい。しかし、知名度は圧倒的に低い。彼らの偉業が、少しでも多くの人に届きますように。今回は、彼らが世に出るきっかけとなった作品"Thirst"から、うねるベースとリズミカルなギターの音色が印象的なこの曲を。
”4 Hours" / Clock DVA