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"MEXICO70”の事。

皆んな大好きUKインディを代表する古参のレーベルであるCherry Redは、インディ・レーベル黎明期の1970年代から存続する老舗レーベルです。初期はDead KennedysなどのPunk、DischargeなどのHardcore、そしてPost-Punkをメインストリームにまで押し上げ、その流れで日本ではネオアコと呼ばれるギター・ポップ=FeltやEverything But The Girl、Eyeless in Gazaなどを続々と発掘して世に送り出した功績はあまりにも大きい。

そんなCherry Redですが、1980年代後半には新人の発掘が上手くいかずに、ヒットが出ずに混迷の時期があったのです。そんなCherry Redが、再起を賭けて新人発掘に熱心になったのが1990年代初頭。そんな感じで始まったと思われるプロジェクトの中で、Charlottes、Blind Mr.Jones、Headtime、Stanなどを発掘していき、次々とリリースしていきました。しかし、クオリティは良いにも関わらず、ちょい成功のバンドや、あまりパッとしなかったバンドが多かった様な...。その中で、極めて輝きを放っていたのが、このMexio70でした。Mexico70は、一時期だけFeltのベーシストを務めたMick Bundを中心とした4人組バンド。バンド名は、1970年のワールドカップ・メキシコ大会の熱狂から(イングランドはベスト8止まりでしたが)。Cherry Redにあっては珍しい、アメリカへの憧憬を包み隠さず前面に押し出した泥臭く埃っぽいギターを中心としたサウンドと、Mickの男臭いヴォーカル、そしてどこか懐かしくも魅力的なメロディが混在となった、言わば"男気ロック"でした。

デビュー・シングル"Wonderful Lie E.P."は、John A. Riversのプロデュースにより、1991年にリリースされました。しかし、レーベルが満足する様なセールスを得られなかったのか、その後、レーベルはシングル2枚で契約解除し、シングル2枚と未発表曲を収録した編集盤を最後にCherry Redを離れます。しかし、バンドは時にスペインのレーベルから、時に自主でリリースしながら活動を続けました。1996年にリリースしたフル・アルバム"Imperial Comet Hour”は、彼らの理想としたサウンドが結集した名盤でした。その後も活動を続けますが、Mickは2017年に急死しました。この時、バンド・メイトだったFeltのLawrenceは「最高のベーシストを失った」と最大の賛辞を送って追悼、ソロ時代に共演したSaint EtienneのSarah Cracknellは、彼との思い出を語って追悼しました。この時の仲睦まじい写真があります。この表情から、彼が愛すべき人物であったことを物語っています。
Mick Bund "I first met Mick when... - Saint Etienne Official | Facebook

今回は1st Singleと編集盤”The Dust Has Come to Stay”に収録されていた、大雨の中歌っている情景が浮かぶような超名曲を。

“Drug Is The Love” / Mexico 70

#忘れられちゃったっぽい名曲

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