見出し画像

"ALL OVER THE PLACE"の事。

音楽をやりたいがお金も伝手も無いけど、ファンベースからスタートしたインディ・ポップ・サークルを中心に、そこを交流の場として輪が広がっていくことがある。アメリカではカリフォリニアやシカゴやシアトル、イギリスではロンドンは別格としてもグラスゴーやブリストルなどの小さなサークルが地域独特のサウンドを広げていった。そのサークルがもっと小さかったら。Sarah Recordsという奇跡は起こったがどうだろうか。実際、もっと小さくて、それでも独特のインディ・ポップ・サークルを形成したレーベルが存在しました。その名前はLa-Di-Da Productions、ブライトン近くの小さな町ホーブから生まれたレーベルでした。主宰者のGrant Lyonsは、John Peelのラジオ・ショーに夢中の少年で、地元ブライトンにクラブやレーベルを持っていたDJ/リミキサーのGordon Kayeと知り合い、彼のレコード・コレクションに夢中になり、いつか自分でもレーベルをやりたいと思っていたらしい。彼は自分の家に小さなスタジオを作り、母親の助力を得てレーベルとして設立しています。

[ Another Friendly Face / Where Do You Go / How Many Beans Make 5 / The Popguns] (1988)

最初のリリースは、Jason SmartとFabulous Newsのスプリット・フレキシ・ディスク(ソノシート)で、レーベル名はPoptone。1987年の事でした。翌1988年に、レーベル名を正式にLa-Di-Daに変更し、地元のバンドHow Many Beans Make FiveとThe Popgunsのスプリット・フレキシをリリースし、手作りコピーのライナー付きのコンピレーションカセット”Hoopla”をリリースしています。この作品には、BOB、How Many Beans Make Five、John Cunningham、Jason Smart、Bobby Scarlet、そしてThe Flipper's Guitarの前身バンドLollipop Sonicも入っている。SNSもインターネットもない時代に、この行動力は凄かった。レーベルは前出のバンド以外にも良質なアーティストの名作や名コンピレーションを残したが、そのサークルはあまりにも小さくて、結局は1994年のリリースを最後に閉鎖してしまいました。Grantは、現在は地元のChurch Road Studioでエンジニアとして働いているみたいで、音楽には携わっているみたいです。このままだと、La-Di-Daの紹介で終わってしまいそうですね。ここ出身のバンドは、忘れられてしまっているのが多いかと思うので、順次紹介しなければならないでしょう。

ALL OVER THE PLACE

今回の主役はあくまでも彼女たちなのですが、いかんせんリリースがあまりにも少なくて...。All Over the Placeは、La-Di-Daレーベルの最初のレコード・コンピレーション・アルバム"Borobudur"にも収録されていた女性デュオ・チームでした。ブライトン近くのサセックス出身のTracey FieldとVanessa Elphickのふたりで結成されています。作詞とヴォーカルをTraceyが、すべての楽器の演奏をVanessaが担当し、ソングライティングは2人で協力してやっていたみたい。非常にローカルな活動を行っていて、プロになる気があるのだろうか?と心配するくらいに欲のない活動、しかしながらサウンドのレベルは非常に高かったのでした。

[Here, There + Everywhere!] (1998)

1988年にカセット・シングル"Here, There + Everywhere!"を自主リリースしています。この時点で”Tired Of Being Alone”、"Shadow Of Distraction"、"Sandstorm"が収録されています。アコースティック中心でも多彩なサウンドを聴かせるギター、程よくクールなヴォイスとコーラス、シンプルさが心地よいビートなど、3曲入りながらヴァラエティに富んだ名曲ぞろいでした。90分テープに同じ楽曲が繰り返されますが、自主カセットでこのクオリティは凄すぎる。彼女たち以外は全く知らないバンドばっかりのコンピ"First Wave: A Compilation LP Of Young Independent Bands"に新曲"Strange"を提供し、翌1989年にはシングル・カセット"Listen Very Closely"を、これまた自主でリリースしています。”Tired Of Being Alone”の新録と"Scattered"を収録、こちらは15分のカセットで、両面に同じ2曲を収録していました。同じ頃、Porritt's Hill Recordsという全然知らないレーベルからのカセット・コンピ"Spare A Thought"にも参加、The WakeやOrchidsのSarah勢やThe Durutti ColumnにThe Timesまで収録していました。同レーベルからの”Becket House ”にも参加、またSarah勢からBrighterが参加し、The Telescopes、The Pooh Sticks、The Durutti Column、John Cunninghamなどど一緒に収録されている。出所がはっきりしないコンピですが、このメンツに入れられる程のクオリティだったって事です。彼女たちの友人だというAre You Mr. RileyというバンドのPhil BallとMalcolm Powellが制作したファンジンのオマケカセットにも楽曲を提供、1990年に発行されています。この時点で既にアルバムを出せるくらいの音源を発表しています。

[Borobudur / V.A.] (1990)

そんなマイペースな活動の中、BBCのローカル局ラジオ・サセックスで彼女たちのデモ・テープが放送され、それを気に入ったGrantが早速コンタクトを取り、La-Di-Daとの契約に至ります。La-Di-Daからの最初のリリースは、1990年にリリースされたLa-Di-Daのコンピレーション・アルバムとしては初めてアナログでの発売となった"Borobudur"の冒頭に"Sandstorm"の完成形が収録されています。凛としたヴォーカルとクールなサウンドと性急なリズムと、以前とは異なったクールでザラっとしたサウンドを聴かせる超名曲です。The Flipper's Guitarの楽曲が収録されていることもあり、ここ日本でもちょっと遅れた1992年にCDでリリースされていますので、聴いたことがある人もきっといるのでは。

[Scattered E.P.] (1991)

同じ1990年に、La-Di-Daからソロ・シングル"Scattered E.P."をリリースしています。アナログのA面にタイトル曲1曲を、B面に"Think Back On Me"、”Strange (Remix)”、Back To Square One”の3曲を収録しています。全曲の作詞、作曲、ヴォーカル、演奏は彼女たちが、サポートとしてレーベル・メイトのLiquid FaeriesとHow Many Beans Make Fiveのメンバー、Mark MarrableとBill Coxが参加、Grant Lyonsがプロデュースを担当する力の入れようでした。バンド・サウンドが厚くなり、ギターの響きにも磨きがかかり、クールなヴォイスで歌われるメロディの鋭さが増した、非常に完成度の高い作品となっています。しかし、やはり彼女たちはプロ志向が無かったのか、今作がオフィシャル・リリースとしては唯一の作品となっています。それを一番惜しんだのはGrant Lyonsではないでしょうか。その証拠に、1991年リリースのLa-Di-Daの名コンピレーション"La-di-da ... So Far ..."には、All Over the Placeの既発曲”Sandstorm”、”Strange”、”Scattered”の3曲を収録しています。これは、レーベルの主要アーティストであるHow Many Beans Make FiveやJohn Cunninghamと同じ扱いでした。

[La-di-da ... So Far ...  / V.A.] (1991)

彼女たちの新曲がリリースされずに4年が経過した1994年、レーベルの方向性を見失ってしまっていた感があり、終焉の近さを感じさせたLa-Di-Daからリリースされたコンピレーション・アルバム”La-Di-Bloody-Da”に突如として新曲と思われる”Half Life”という曲が収録されました。エレクトリックな、彼女たちっぽくないサウンドでしたが、活動再開か?の期待も虚しく、以降はAll Over the Placeというバンドも二人の名前も聴くことがありませんでした。もしかしたら、レーベルを終わらせようとしたGrant Lyonsへの最後の置き土産だったのかも知れません。埋もれさせてしまうにはあまりにも惜しい才能を持った2人による楽曲の数々は、今でも色あせない輝きを放っています。彼女たちがプロ志向が無かったとしたら、La-di-daの様な手作りレーベルだからこそ音源を残したのかも知れません。All Over the Placeというバンドのサウンドを残せた事こそ、ローカル・インディ・レーベルLa-di-daが起こした奇跡だったのかも知れません。

[La-Di-Bloody-Da / V.A.] (1994)

今回は、彼女たちが残した優れた楽曲の中から、La-Di-Daからアナログ盤としてリリースされた最初のコンピレーション・アルバム"Borobudur”の冒頭を飾るこの曲を。

"Sandstorm" / All Over the Place

#忘れられちゃったっぽい名曲


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?