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「何でも言って!」は何でも言っていい…わけじゃない。

優しさには2種類あると、私は思っています。
ひとつは本当に大切な人のことを思ってする優しさ。もうひとつは、自分がまったく興味や気持ちを置いていない人に対して失礼のないようにする優しさ。
後者は、あまりにも残酷な優しさのように思える。「気持ちが入ってないなら優しくするな!」と言う人もいるでしょう。
でも、失礼のないようにする礼節という意味で大切な優しさではないだろうか。失礼のないようにすると思っているから、まず相手を尊重するということは前者の優しさと同じ。
土足で相手に踏み込まない「配慮」という優しさ。
タイプは違えど、どちらも大事。
この事業所でもそうです。むやみに干渉することなく、だからといって無関心ではない配慮ある距離感。
それを保つからこそ、みなさんが作業に没頭できる。ありがたいです。

さあ、今回はこちらの話題に「ああだこうだ」してみます。最後までどうぞお付き合いください。

◎お笑い芸人ほんこん(61)が5日、YouTubeチャンネルで生配信を実施。タレントのフワちゃん(30)がX(旧ツイッター)での不適切投稿により炎上している件に言及した。

 ほんこんは、お笑い芸人やす子に対して不適切な文言を含む投稿をしていたフワちゃんについて「どうなるかっていう想像が欠けてる。こんなん書いたらそりゃ炎上する」と叱責(しっせき)するとともに、「芸能界が悪いのは、フワちゃんがタメ口とか、ああいうフランクな感じ来るっていうのをグローバル化かなんか知らんけど(受け入れていた)。やっぱり目上に対して、緊張感の中で笑いが生まれるということも教えてやらなアカンのに、みんなが迎合して、フワちゃんを批判したら自分が批判されるのを怖がって、『この子は構わへん』って器のデカいところを見せようとしてるバカな芸能人たちが居たんちゃうかな」と、フワちゃんを取り巻く周囲の芸能人らを批判し、「本人が悪いねんけど、犠牲者やで。叱ってやらなアカンときは叱ってやらなアカン」と私見を述べた。

 フワちゃんが自身の投稿を削除して謝罪したことに「なぜ一番最初に書いた時になんで気づかへんのか」と疑問を呈し、「これ(当該投稿)を面白いと思ってるならだいぶズレてるし、しっかり反省したほうがいい」とうながした。お笑い芸人ほんこん(61)が5日、YouTubeチャンネルで生配信を実施。タレントのフワちゃん(30)がX(旧ツイッター)での不適切投稿により炎上している件に言及した。

【今回のああだこうだ】

不適切な言葉や心ない言葉とは、吐き出す前に一回も自分の中で逡巡しない言葉だと思います。
逡巡する行為は、相手を考える行為・瞬間でもあるのです。
何のためらいも問題もなく口を突いて吐き捨てる言葉は、口調なども無遠慮で汚れている気がします。流れに乗っていると、テンポが速くなり気持ちが乗ってきて、油断するとだんだん言葉が荒れてなれなれしくなってくることもあります。それでも許されるだろうと、調子に乗って要らぬことを話してしまったりもします。ほとんど無意識です。
言葉を受け取る側は自ずと無防備で、傷つけられやすくなっています。言葉を受け取る相手の怒りに火がついてしまったら、それは炎上というもので…。

以前、私は「本当に誰も傷つけない言葉なんてこの世にあるのだろうか?」と書きました。
あくまでも私は「意識」の問題ではないか?と。
そりゃあ、弱音や愚痴や悪口も吐きたくなります。でも、それは独り言のように言って吐き捨てて腹に収める方がいいのではないでしょうか?
誰かに向かって言うと、「私のも聞いてよぉ~!」と聞き手に回っていた人が弱音や愚痴や悪口を吐いてきます。行き過ぎると「あいつも、こいつも」と悪口大会にもなりかねません。
弱音や愚痴は話してる方は解消されますが、聞いてる方はたまったもんじゃありません。だから「じゃあ自分も!」となります。
よく聞くのですが、弱音や愚痴は紙に書きなぐってクシャクシャポイ!する。もしくはシュレッダーで裁断。やったことありますが、結構スッキリします。とてもじゃないけど、他言無用な言葉だらけ。クシャクシャにしたり裁断される瞬間は「アーハッハッハッハッハ!」と心の中で笑ってます。次第にその対象を「まあ、ええか」と思えてきます。
これからは弱音や愚痴や悪口を誰かと共有するのはやめてみましょうよ!

自分の意にそぐわないのに、不適切なことを言ってしまって、相手を挑発して敵を作る人もいます。
なかでも、子供のときに使う言葉は鋭利で残酷です。大人になっての暴言も子供の要素が入っています。その深層では、気に食わぬことがある、言うことを聞け!と、わがままに振る舞いたい傍若無人な気持ちが隠れています。
しかし、受け取る相手が「わかった」と言って報復を仕掛けてきたとき、その言葉の鋭利な部分は自分に返ってきて心をグサグサ刺してきます。

昔、日本テレビの深夜番組『松本紳助』で紹介された、こんな視聴者投稿エピソードがありました。

母親へいつものように気に食わぬことがあって「死ね、ババア」と言っていた幼い息子。ある日、同じく「死ね、ババア」と言うと、母親は息子の手を引いて、海へ。
「母ちゃんが死んだらええねんな!」と息子の目の前で母親は海の中へズンズン入っていく。
胸まで海に浸かっていく母親。遠くなっていく母親の姿にだんだん怖くなった息子は「ごめんなさい! 死なんで! 死なんで、母ちゃん!」と叫んだ。すると、母親は岸に戻ってきて息子に「な。死ねなんて言うたらあかんねんで。わかった?」
そして、泣きじゃくる息子を母親はおんぶして家へ帰っていった。
それ以降、その息子の反抗期は無くなったそう。

もうひとつ日本テレビのドラマから。天海祐希さん主演の「女王の教室スペシャル~悪魔降臨」でのワンシーン。
まだ理想の教師を追い求めていた阿久津真矢がいじめっ子に「どうして人を殺しちゃいけないか?」をいじめっ子の首を絞めながら、顔中体中傷だらけになり、涙ながらに教える。
「死ぬ時は痛いからよ。苦しいからよ。死にたくないって叫びたくなるからよ。これが痛みなの。今まであなたが人に与えていた痛みなの。人は死んだら家族にも会えないの。友達にも会えないの。その人の大切な夢や希望や想い出まで全部消えて無くなってしまうの。この世に生きてる人の未来を奪う権利なんて誰にも無いの! だから人を殺しちゃいけないの!!」

この2つのお話は、鋭利な言葉を吐いた相手に対して自分自身の肉体をもって、言葉を受け取った側はこうなることを見せました。
お話としては極端ですが、傷ついた人の心の内では、そういう行動を取ってしまおうか?と、よぎる人だっています。最悪なことが起こるのもゼロではないんです。

誰かを攻撃することには、幼さと拙さと危うさが孕んでいることを今一度、肝に銘じておくべきですね。

以上、今回のああだこうだでした。

【執筆:Oneness A 年がら年中IceCoffee】