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雨の日はゆううつ こんな日は…
台風が接近間近の私たちの事業所。ゆううつでもやれることはやっていきますよ!
読んでくださっているみなさんはどうですか?
もちろん気圧の関係もあって、生暖かい夏の雨は体力も気力も吸い取られていきます。
かく言う私も「なんとかやってますが…」という感じです。どちらかといえば、冬の雨なら少しは元気です。
「モヤモヤ」という言葉にはどこか「生暖かさ」と「湿り気」を感じます。
ココロや頭ん中にちょっとカビが生えてきそうとも思ったり。
そのときはどこかあいまいな振る舞いや自分の気持ちの腹のおさめ方になっちゃいがち。
「もういいや、なんでも」と投げやりにもなってしまい…。
でも、それでいいじゃない!
モヤモヤの正体はだいたい「天気」か「人」なんだから。
なにかのせいにはしたくないけど、こういうときは自分一人だけでいいから、なにかのせいにさせて。やれることはちゃんとやるからさ。
って言い訳して前に進む。いつかココロが快晴になるまで。
「時間が解決してくれる」って、よく聞くセリフです。「傷を癒す」点ではそう。でも、時間だけではどうにもならないんです。
ちゃんと少しでも晴れ間が見えてきたら、動いてみましょうよ! 念のために折りたたみ傘を持って。
万全に準備しても、うまくいかないときはたくさん。そのときはどうぞ、自分を責めないでください。
「やれることはやった!」それでいいのです。
非難されたり文句を言う人がいても、そんなことを言う人は頑張ってやっている人の気持ちはわかりません。ましてや「やれることはやった!」と言い切れることをしていませんよ。
「やれることやった!」は自分で自分を納得させるための言葉です。前に進むのも自分だけです。
そして、回りに認めてほしい気持ちを手放すことも自分のココロを晴れにするために大切なことかもしれません。
ゆううつなときは、まずは自己満足を得られることをすることから。すると、自然に自分に余裕が出てきて、他のことにも手が回っていきます。
かたや、こういうふうにも私は思うんです。
得体のしれない「ボヤーッと」した霧のようなもの。たまに漂ってますよね。
イヤなことをボヤーっとしたもので包むのは「もうこのことは忘れなさい!」と言われているような気がするんです。
ボヤーッとしたものが白く立ち込めてきたら「いつかは晴れる! もうこれ以上、深く考えないで!」ってメッセージ。
原因を自分から追い求めるのではなくて、なんとなく、そしてしれーっと生きていれば大丈夫。「この正体は何だ?」と疑問に思って迫れば迫るほど、また息苦しくなってきます。
ボヤーッとした霧が晴れれば、結局「何だったのかな?」と正体不明だったことがあります。霧と一緒に消えていったんですよ、ボヤーッとの正体が。
動く・動かないはさておき「忘れてしまうチカラ」って生きていて大切なことだと。
「忘れてしまう」ことが傷を癒す最短ルートなのかもしれません。
いつの間にか、1日・1か月・1年が終わってしまう感覚のように。
台風・雨雲が去った後に、青空が広がりますように。
【執筆:Oneness A 年がら年中IceCoffee】