情報分析・インテリジェンスを事業活動へ役立てる-ベンチャー・スタートアップにおいて特許情報を活用する-
スタートアップの知財コミュニティポータルサイトIP BASEのメンバー限定コラムとして2020年5月~8月に4回にわたって「情報分析・インテリジェンスを事業活動へ役立てる」を配信しました。
特許庁の担当者の方より、一定期間経過後に他の媒体へ転載しても良いという許可をいただきましたので、4回分をまとめてnoteへ掲載させていただきます。
特許情報を活用して自社の事業・研究開発に役立てていきたいんだけど。。。と思っているベンチャー・スタートアップ向けの内容となっておりますので、ぜひともベンチャー・スタートアップの方にご参照いただければと思います。
1. 情報分析・インテリジェンスを事業活動や研究活動に活用することの重要性
孫氏の兵法に「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」とあるように、戦争を行う場合、敵軍の情報だけではなく、自軍の情報をしっかりと収集・分析することが重要です。ビジネスも戦争に譬えられることがありますが、敵軍の情報とは外部環境の情報であり、競合他社や市場・顧客の情報、自軍とは自社の内部環境の情報を指しています。これらの外部環境と内部環境の情報を収集・分析して、組織の意思決定に役立てるインテリジェンスを生成することが事業を進めていく上で必要とされます。
3Cという有名なビジネスのフレームワークがありますが、これは
自社:Company
競合:Competitor
市場・顧客:Customer
の頭文字であり、3つのCを意識しながらバランスよく情報収集・分析しインテリジェンスを生成することが、大企業や中小企業に限らず、ベンチャー・スタートアップ企業においても求められています。これは、中長期的な戦略を立案するだけではなく、日々の製品・サービス開発の現場でも必要です。もしも、3Cの視点での情報収集・分析をおろそかにしてしまった結果については、太平洋戦争時の日本の敗戦を見ても明らかでしょう(詳しくは堀栄三著『情報なき国家の悲劇 大本営参謀の情報戦記』をご覧ください)。
私たちの組織は十分に情報収集・分析して、様々なレベルでの意思決定に役立てている、と言えますでしょうか?データ分析ツールの米クリック・テクノロジーズ(*1)が行ったデータ活用具合=データリテラシーに関する調査を行った結果、日本は世界10カ国中で最下位でした。理由としては“データを組織全体で活用できていない”、“ためたデータが使える状態になっていない”が挙げられています。
*1 日本企業のデータ活用は10カ国で最下位 米社調査、日本経済新聞、2018/11/6、https://www.nikkei.com/article/DGXMZO37410150W8A101C1000000/
インターネットが普及した現在では、Google等の検索エンジンを使えば、誰でも無料で気軽に情報収集・分析することが可能です。本コラムで焦点を当てていく特許情報もその1つです。みなさまも特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)を使って日本の特許情報調査・分析を行ったことがあるでしょう。また、海外の特許情報についてもGoogle PatentsやEspacenet、WIPO Patentscopeといった無料データベースが整備されています(*2)。
*2 各種特許検索データベースへのリンク
J-PlatPat:https://www.j-platpat.inpit.go.jp/
Google Patents:https://patents.google.com/
Espacenet:https://worldwide.espacenet.com/
WIPO Patentscope:https://patentscope2.wipo.int/search/ja/search.jsf
日々の知財情報コンサルティング活動を通じて“情報はあるがインテリジェンスまで昇華できている企業は少ない”というのが多くの企業における実態だと感じています。それでは、情報分析・インテリジェンスを事業活動へ役立てるためにはどうしたら良いのか?
分析スキルやテクニックといった手段はもちろん重要ではありますが、最も重要なポイントは、情報収集・分析活動を組織全体として重視する風土づくり・仕組み作りにあると考えています。経営者であれば自社の経営指標は諳んじて言えると思いますし、競合他社の製品・サービス動向もプレスリリースやニュース・雑誌および展示会などを通じて把握しているでしょう。研究者・エンジニアの方も研究開発動向などについて特許だけではなく、学術文献などもウォッチしているでしょう。しかし、知財についてはどうでしょうか?
ベンチャー・スタートアップ企業であれば、マネジメントだけではなく営業・マーケティング、そしてエンジニアのタスクも兼ねている方も多いかと思います。そういう方々にこそ、自社だけではなく、競合他社の知財の状況はどうなっているのか?また市場全体や顧客はどのような知財を押さえているのか?と知財も常に意識しながら事業活動を行っていただきたいと考えています。
このコラムでは複数回にわたって、特に知財情報に焦点を当てて、情報分析・インテリジェンスを事業活動へ役立てるための考え方を解説していきたいと思います。
2. 知財情報分析のレベル(マクロ/ミクロ)
前回は情報分析・インテリジェンスを事業活動や研究活動に活用することの重要性について説明しました。今回は、知財情報分析のレベル(マクロ/ミクロ)について、ウェブサイト上で無料で閲覧できる事例も踏まえて紹介していきたいと思います。
知財情報の中でも特許情報を分析するという場合、どういう印象を持ちますか?
・1件1件の特許の内容を分析する
・数千件~数万件の特許の出願トレンドを分析する
など人によって「分析」に対して持つイメージは異なると思います。どちらか一方が正解というわけではなく、いずれも正解です。
「1件1件の特許の内容を分析する」はミクロレベルでの分析、「数千件~数万件の特許の出願トレンドを分析する」はマクロレベルでの分析になります。分析という言葉は、分=分ける、析=細かく分ける(もともと木を斧で割るが析の語源)の2つから成り立っています。1件の特許を精査して内容を細かく理解するのも分析であり、数千件の特許母集団をキーワードや特許分類などを使って分けて、その母集団の性質を把握するのも分析です。
一般的にはマクロレベルの特許出願トレンドを把握することを分析と思っている方がいるかもしれませんが、事業活動や研究活動に知財情報を活用するのであれば、ミクロレベルの分析もおろそかにしてはいけません。
ミクロレベルの分析が必要となるのは、自社の新製品・新サービスをローンチする際に、他社の特許権を侵害していないか確認するために実施する侵害防止調査・FTO(Freedom To Operate)や、他社から警告状を受け取ってその対象特許の詳細について検討する場合です。どのような調査をすれば良いかについては特許庁「平成28年度 高度な特許情報サービスの普及活用に関する調査」にコンパクトにまとまっていますのでご参照ください。
侵害防止調査https://www.jpo.go.jp/resources/report/sonota/service/document/h28-access/004.pdf
無効資料調査
https://www.jpo.go.jp/resources/report/sonota/service/document/h28-access/006.pdf
一方、マクロレベルの分析が必要となるのは、自社の事業環境や自社技術を取り巻く研究開発動向を把握する場合です。ミクロレベルの分析を虫の目とすると、マクロレベルの分析は鳥の目です。特許情報と特許以外のビジネス情報を俯瞰することで、自社を取り巻く外部環境を可視化します。もちろん、特許公報は出願日から1年半後に公開されますので、最新の情報ではない点に注意が必要です。特にテクノロジーの進歩・進展が著しい分野においては、特許情報だけで競合他社の研究開発動向を把握することができないので、プレスリリースや展示会情報、企業情報、マーケットレポートなども加味する必要があります。マクロレベルの特許分析結果として、特許庁は毎年「特許出願技術動向調査」、「意匠・商標出願動向調査」を実施して、要約版を公開していますので、自社に関連するテーマがあればぜひともチェックしてみてください。
特許出願技術動向調査
https://www.jpo.go.jp/resources/report/gidou-houkoku/tokkyo/index.html
意匠・商標出願動向調査
https://www.jpo.go.jp/resources/report/gidou-houkoku/isyou_syouhyou-houkoku.html
しかし、このマクロレベルの分析結果から自社の事業戦略策定に直接結びつけることができるか、というとそれは否です。自社の製品・サービス開発計画まで落とし込もうとすると、マクロレベルではスコープがぼやけてしまうので、もう少しブレイクダウンしたセミマクロレベルの分析をする必要があります。
マクロレベルの分析では、IPC・FIやFタームなどの特許分類やキーワードを使い、1件1件の公報を精査せずに統計解析・テキストマイニングベース(備考)で分析しますが、セミマクロ分析では、マクロ分析結果を踏まえて焦点を絞った母集団を実際に読み込んで、競合他社は何をやっているのか?今後どんな製品・サービスをローンチしてきそうか?自社事業にとって脅威となるような出願はないか?などを明らかにしていく必要があるのです。
特許公報の内容精査し、特許以外の企業情報・マーケット情報などと組みあわせたセミマクロ分析の事例として、第三者的視点の分析記事ですが、IPTech特許業務法人の連載記事
知財で読み解くITビジネス
https://ascii.jp/serialarticles/1948307/
が参考になると思います。
今回は知財情報分析のレベル(マクロ/ミクロ)について無料で閲覧可能な事例を踏まえて解説しました。次回は実際に自分で特許分析を行う際の考え方やスキル・テクニックについて解説したいと思います。
(備考)テキストマイニングを活用したマクロ特許分析の例としては、三菱UFJモルガンスタンレー証券が実施した以下の報告書が参考になります(テキストマイニングツールはVALUENEX社)
非連続イノベーションが自動車産業に迫る100年ぶりの大変革【総論編】
https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/jizokuteki_esg/pdf/005_s03_00.pdf
3. 自分で特許分析を行う際の考え方やスキル・テクニック
前回は知財情報分析のレベル(マクロ/ミクロ)について、ウェブサイト上で無料で閲覧できる事例も踏まえて紹介しました。特許庁の特許出願技術動向調査報告をはじめ、無料の情報源はありますが、必ずしも自分が分析したいテーマにピッタリのレポートが公開されているとは限りません。そのような場合は、自ら特許分析を行う必要がありますので、今回は自分で特許分析を行う際の考え方やスキル・テクニックについて解説したいと思います。
特許分析にも様々な目的と種類があります。特許情報中心に研究開発・技術開発動向を明らかにする技術動向分析、特定企業の動向について分析する競合他社分析、自社が保有している技術をベースに新たな用途展開を検討する新規用途探索、共同研究やM&A先を探すアライアンス・買収先探索、M&A時に実施する知財デューデリジェンスなどが代表的な分析の目的と種類になります。
特許分析に限りませんが、分析を行うためには予備仮説をもって行う必要があります。具体的には「自社は〇〇で、競合他社は△△で、マーケットは□□なので、今後自社としては◎◎すべきである」といったように3C(自社、競合、市場・競合)を意識した文章にまとめておくと良いでしょう。
仮説を立てるために必要なのは、特許以外の情報になります。マーケット情報、企業・ベンチャー情報、業界情報、学術文献・論文、規制情報などです。有料のデータベースを契約しなくても、Google検索でもある程度の情報を収集することができます(注1)。その他、keizaireport.com(注2)のような無料マーケットレポートのデータベースを利用することもおススメです。
(注1)・以下のような動画を参照
このように収集した情報を自社、競合他社、市場・顧客の視点で整理して予備仮説を構築していきますが、この段階ではあくまでも予備仮説ですので、分析を進めていくにあたって仮説を見直す必要があります。
仮説が構築できたら、特許データベースを用いて分析対象母集団を構築して、分析を進めていきます。分析母集団をそのまま統計解析やテキストマイニングツールで分析する場合と、分析母集団を1件1件読み込んで詳細分析する場合の2通りがありますが、今回は分析母集団をそのまま統計解析分析するパターンについて説明します。
このような場合、分析母集団に可能な限りノイズが含まれないようにキーワードや特許分類を選定して検索式を構築します。たとえばJ-PlatPat論理式で機械学習に関する分析母集団を形成したいのであれば、
[G06N20/00/FI]
[機械学習/TI+マシンラーニング/TI+マシーンラーニング/TI+機械学習/AB+マシンラーニング/AB+マシーンラーニング/AB+機械学習/CL+マシンラーニング/CL+マシーンラーニング/CL]
と特許分類(G06N20/00:機械学習)とキーワードを抽出して、この2つの論理式をOR演算(+)で1つにつないで検索します(TI:発明の名称、AB:要約/抄録、CL:請求の範囲)。
[G06N20/00/FI]+[機械学習/TI+マシンラーニング/TI+マシーンラーニング/TI+機械学習/AB+マシンラーニング/AB+マシーンラーニング/AB+機械学習/CL+マシンラーニング/CL+マシーンラーニング/CL]
もしも画像処理における機械学習技術について分析したいのであれば、画像処理関係の特許分類やキーワードで絞り込み(AND演算=*)を行います。
[[G06N20/00/FI]+[機械学習/TI+マシンラーニング/TI+マシーンラーニング/TI+機械学習/AB+マシンラーニング/AB+マシーンラーニング/AB+機械学習/CL+マシンラーニング/CL+マシーンラーニング/CL]]*[G06T/FI+G06K9/00/FI+画像処理/TI+画像処理/AB+画像処理/CL]
より詳しい検索式作成の方法については拙著・拙稿やその他書籍(注3)を参照していただければと思います。
(注3)検索式作成の方法の詳細
・野崎篤志、弁理士が知っておきたい国内外特許情報調査の基礎知識
・野崎篤志、特許情報調査と検索テクニック入門 改訂版(発明推進協会)
・酒井美里、特許調査入門 第3版(発明推進協会)
分析母集団を作成したら、実際にパテントマップを作成していきます。様々なベンダーからパテントマップ作成の有料ツールがリリースされていますが、無料でもパテントマップ作成は可能です。オンライン上でパテントマップ作成ができるウェブサイトとしては、英語になりますが
Lens.org>Patents
https://www.lens.org/lens/search/patent/structured
があります。Lens.orgではキーワードや特許分類、出願人・権利者(企業名)を入力いただき、リスト表示された右上にある[Analysis]ボタンをクリックいただくと以下のリンクのように件数推移、ランキングマップなどの基本的なパテントマップを作成することができます(csvやイメージデータでのダウンロードも可能)。
ブロックチェーン(検索キーワード:blockchain)
https://www.lens.org/lens/search/patent/analysis?q=blockchain&p=0&n=10&f=false&e=false&l=en&authorField=author&dateFilterField=publishedDate&presentation=false&stemmed=true&useAuthorId=false
もう1つ世界知的所有権機構(WIPO)が運営しているPatentscopeでも統計分析・パテントマップ作成が可能です。
WIPO Patentscope
https://patentscope2.wipo.int/search/ja/search.jsf
検索結果一覧表示画面の左上にあるグラフアイコンをクリックすると、発行国別ランキング、出願人ランキング、発明者ランキング、IPCランキング、発行件数推移が表示されます(数表データだけではなくグラフで可視化することも可能)。
これらの無料ツールを使う際は、分析したい国・地域の特許が収録されているかをしっかり確認するようにしましょう。また無料ですので出願人・権利者の表記ゆれが統制されていない場合もありますので注意が必要です。
日本特許を対象に無料で、より詳細に分析したい場合はJ-PlatPatで作成した分析母集団をMS Excelを使って統計分析・パテントマップ作成することができます。以下のYoutubeにて分析方法の詳細について解説していますので、パテントマップ作成に取り組んでみたい方はぜひともご視聴いただければと思います。
後半は特許分析・パテントマップ作成のツールやテクニックについて紙面を割いてしまいましたが、重要なポイントはパテントマップ作成そのものではなく、作成したパテントマップを自社のビジネスに役立てることにあります。そのためには、前半で説明したようにビジネス情報などを収集して予備仮説を構築した上で、仮説を意識しながら特許分析・パテントマップ作成を行っていただくことが肝要です。
今回は自分で特許分析を行う際の考え方やスキル・テクニックについて解説しましたが、紙面の関係で一部説明を割愛している部分もありますので、特許情報分析・IPランドスケープに関する拙稿(注4)も合わせて読んだいただければ幸いです。次回は本シリーズの最終回として、新規事業開発や新規用途探索を行う際の特許分析の考え方と活用方法について解説したいと思います。
(注4)・今回の内容については以下の拙稿「IPランドスケープの底流」も合わせてご参照ください。
4. 新規事業開発(新規用途探索やアプリケーション開発も含む)を行う際の特許分析の考え方と活用方法
本シリーズ「情報分析・インテリジェンスを事業活動へ役立てる」も第4回、最終回となりました。これまで特許分析の基礎から、実際にみなさまが特許分析を行う際の考え方やスキル・テクニックなどについて解説してきました。最終回は、新規事業開発(新規用途探索やアプリケーション開発も含む)を行う際の特許分析の考え方と活用方法について解説していきます。
新型コロナウイルス感染症の影響も見通せず、今後の情勢が不透明な中、数多くの企業が新規事業に取り組んでいます。本メルマガをご覧いただいているベンチャー・スタートアップ企業の皆様も、独立当初に思い描いていた事業の成長をベースに周辺領域への事業拡大を狙っていたり、コアとなる自社保有テクノロジーを活用して新たなアプリケーションの開発を模索していると思います。新規事業開発というと、マーケット情報やユーザーインタビュー・ヒアリングなどのVOC (Voice of Customer)といった情報からアイデアを生み出し、ブラッシュアップするというイメージが強いかもしれません。しかし、特許情報も新規事業開発に非常に有効な情報源なので、ぜひとも今後活用してほしいと思います。
みなさまご存知の通り、公開特許公報というのは原則として特許出願から1年半後に公開されます。つまり、仮に本日発行された公開特許公報があれば、それは1年半前に出願された過去の情報となります。1年半前の過去の情報なのに今後の新規事業検討に使えるの?と思われるかもしれません。
ここで、新規事業のタイプについて確認してみましょう。まず“新規”とは、自社にとって新規であることが前提です。その上で
1) 他社にとっても新規=世の中の誰もやっていない
2) 他社にとっては既存=すでに他社がやっている
の2種類に分かれます。
1)の自社および他社にとって新規というのは新市場創出になります。一方、2)の他社が既にやっているが、自社にとっては新規というのはいわゆる他社ベンチマークになります。ちなみにベンチマークといってもベンチマーク先には同業種の場合と、異業種の場合があります。同業種ベンチマークであれば、以前の松下電器産業はマネシタ電器と呼ばれるように他社ベンチマーク・他社キャッチアップを徹底していました。また異業種ベンチマークであれば、コマツのICT建機KOMTRAX(注1)は建設業界とは全く関係のないバンダイの「たまごっち」に着想を得ています(注2)。
(注1) 小松製作所ウェブサイト「ダントツサービス」
● https://home.komatsu/jp/company/tech-innovation/service/
(注2) 日本経済新聞 私の履歴書 坂根正弘(23)コムトラックス 場所や残燃料遠隔把握 開発のヒント「たまごっち」
● https://www.nikkei.com/article/DGKKZO80054130S4A121C1BC8000/
それでは、過去の情報である特許情報を新規事業に活用する考え方について見ていきましょう。
1)の場合、全くの新規市場の創出ですので、過去の情報をいくら見ても新規事業のアイデアは生まれませんので、まずは自ら様々なアイデア創出を行う必要があります。特許公報には既に世の中に製品・サービスとして出ているものもあれば、単なるアイデアとしてとどまっているものがあります。アイデア創出を行うためには、過去から現在に至るまでにどういった製品・サービスおよびアイデアがあったのかを把握する必要があります。この過去から現状を把握するための材料として特許情報が活用できます。
また生み出したアイデアが本当に新しいのか否かを確認するために、別途先行技術調査を行うことも有用です。先行技術調査を行うことで、自分のアイデアと全く同一ではなくても、類似した先行特許文献が見つかるかもしれません。そのような先行特許文献の記載をもとにして、さらに自らのアイデアをブラッシュアップすることができます。
次に2)の他社ベンチマークの場合です。既に他社が市場投入している製品・サービスを観察して、より高性能または低コストな製品・サービスを開発する、まだ顧客ニーズに十分応えられていない点を改良するなどの方向性が考えられます。
このような他社製品・サービスの穴(カッコよくいうとホワイトスペース)を探すための材料として特許情報を活用できます。このホワイトスペースを探すために、たとえば課題と解決手段・技術を軸に取ったパテントマップを作成します。ここで重要なポイントは、既存の特許分類を用いたパテントマップではホワイトスペースを見つけることはかなり難しいということです。なぜかというと特許分類は過去の課題や技術を体系化したものなので、新しい課題や技術には対応していないからです(たとえばIoTに特化した国際特許分類が設定されたのは2020年1月です。ちなみに日本特許庁は2018年11月から独自にIoT関連の分類を設定していました)。そのため、特許情報を使って他社ベンチマークを行う際、既存の特許分類だけではなく、マーケット情報やユーザーからのヒアリング、自らの思い付きなども含めて課題軸・技術軸を設定すると良いでしょう(最近では特許情報と特許以外の情報を組み合わせて分析することをIPランドスケープ(注3)と呼ぶ場合があります)。
(注3) 野崎篤志、IPランドスケープの底流、IPジャーナル、Vol.9、2019
● http://e-patent.co.jp/2019/07/16/ipj09_ip-landscape_pdf/
新規事業開発への特許情報の活用に関連して、特許情報を使って未来予測はできるのか?という点についても触れておきたいと思います。
最初に答えを言ってしまうと、予測できる場合もあるが予測は難しい、が結論です。拙稿(注4)でも解説していますが、マクロ的なトレンド(とりわけ製品ライフサイクルが長い場合)については予測できる場合があります。
(注4) 野崎篤志、知財部員のための未来予測「魚の目視点」の考え方、知財管理、Vol.68、No.11、2018
● https://ameblo.jp/e-patent/entry-12427578374.html
また、技術に立脚した企業が新規事業を始める場合に、その新規事業に関する特許出願をトリガー情報として捉えることもできます。しかし、かなり難易度が高いと言えます。むしろパーソナルコンピューターの父と言われるアラン・ケイの「The best way to predict the future is to invent it.」の言葉にあるように、特許情報や特許以外の情報をベースにして自ら新たな未来を創造していくという上記のスタンスの方が今後の不確実性が高いVUCA(Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)時代には合っているのではないでしょうか。
以上、4回シリーズでお届けした「情報分析・インテリジェンスを事業活動へ役立てる」について、これで終了となります。読んでいただきありがとうございました。ぜひとも今回の記事が、皆様のビジネスへ特許情報(できれば意匠や商標情報も)を積極的に活用していただくきっかけになれば幸いです。SNS、YouTubeやnoteなどの別メディアでも特許検索や分析に関するお役立ち情報を発信しておりますので、さらに学習を進めたい方はご参照いただければ幸いです。
最後に当社のモットーである言葉で本メルマガを終わりにしたいと思います、「知財情報を組織の力に!」。