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プロットと作家と編集者(誕生秘話9)

では、仮に10万部売れなかったら、どうなるでしょう。
「どうってことはない」のではないでしょうか?

(前回「薄毛の宿命(誕生秘話8)」より)

「のではないでしょうか?」、じゃあ、ねえんだよ!


さて。

 薄毛が(腹立ったのでこう呼ぶ)がそんなことを考えているなど知る由もない私は、第一回目の打ち合わせの後、「10万部……」というプレッシャーを背負いつつ、実際の作業に取り組むことになりました

 この作品に関しては、もっとも初めの段階で「三十代以上向け」「王道の恋愛小説」という依頼があったということ、また、作品の芯となる部分が「時間」であることはすでにご紹介した通りですが、言い換えれば、ここまでで大きな枠とテーマが決まった、ということになります。

 多くの場合、次の段階では、編集者からプロットの提出を求められることになります。プロットとは、建物でいう設計図のようなものです。
 このプロットは、入念に作りこむ人もいれば、まったく作らないという人もいます。

 私の場合は後者、ほとんどプロットは作らないほうです。これには、プロットを作ってしまうとどうしてもそちらに引っ張られてしまうこと、物語が硬直してしまうこと、単に書いたほうが早いことなどがあるのですが、一番の理由は「自分でも良く分かってないから」ということに尽きるでしょう。

 物語はあくまでもナマモノ。何が起きるか、誰がどう動くのかは、実際に始めてみなければ分からないもの。それはある意味、人の一生と同じです。

 しかし、編集者にとってそれは非常に怖い状態です。そのため、「大体で構わないので」という形で、大まかな見取り図の提出が求められます。

 今回の場合も、「プロットを提出してください」といわれるかと思い、身構えていたのですが、薄毛氏は「あ、プロットはいいすよ、お任せします」と気軽におっしゃり、私はほっと胸をなでおろすことになったのでした(今考えれば、これも薄毛の軽薄さのなせる業なのですが)。

 ただし、「プロット書かなくてもいいや、ああよかったよかった」という話かといえばそうでもありません。というのも、この「プロット書かない方式」には、非常に大きな問題があるからです。

 先ほども言ったように、プロットとは設計図、見取り図です。

 では、設計図がない状態でぶっつけ本番で建物を建て始めればどうなるか。無事に建物が建ち上がることもあるでしょう。しかし、それは非常に稀なケースで、途中で頓挫したり、思いも寄らなかったトラブルに見舞われてしまうことがほとんどです。

 そうなってしまうと、建てたものを分解して問題の原因を探さなくてはいけません。最悪の場合、一度立ち上がった建物を基礎だけ残して全とっかえ、ということにもなってしまいます。
 こういうやり方はまったく効率的ではありません。

 反対に、プロットを作り、それを基に編集者と討議を重ねていけば、多くのトラブルは事前に回避されることになります。また、実際に書いていて行き詰ったときにも、「どうしたらよかろうか」と編集者に相談することもできます。

 しかし設計図がない場合(正確に言えば、作家の頭の中にしかない場合)、編集者に相談することはできませんし、そんな相談をされた編集者も困ってしまうでしょう。
 つまり、プロットなしのやり方の場合、初稿が出来上がるまではどんなことがあろうとも、作家がひとりで頑張りぬかなければならない、ということになります。

 よく「編集者は作家に寄り添って伴走する存在である」などといわれますが、この作品に関しては、編集者はマラソンの途中から現れる伴走者のような存在だということになります。

~次回へ続く~

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