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初対面(誕生秘話7)

時系列が分かりにくいので、今回から(誕生秘話)の後に数字を入れてみました。おひまのある方は、順番にどうぞ。

そしてイワサキ氏のは、イツモ、チョット、ミジカイネ。

 さて。
 最初の打ち合わせが行われたのは、記憶にある限りでは2017年の夏。場所は大阪駅直結のホテルのティールームでした。ちなみに、この場所は関西在住の作家と、東京から来た編集者が打ち合わせをする定番の店らしいです。東京でいえば、新宿の喫茶店「椿屋」にあたるでしょうか。
 そういうお店では、その筋の人が大勢打ち合わせを行っているため、下手に誰かの悪口でも口にしようものなら、あっという間にそれが伝播してしまうという恐ろしい場所でもあります。

 閑話休題。

 初対面だった編集者のイワサキ氏は、なんというか「頼りない役を演じる大泉洋をさらに頼りなくした」という感じの人物でした。

 しかし、そんな彼が言った言葉は、非常に印象的なものでした。

「いい作品を書いてください。そうしたら僕が十万部売ります」

 それを聞いて私が何を思ったでしょうか。「素晴らしい!」と思った? いえいえ。
 その感想を率直に述べると、こういうことになります。

「こいつ、あほちゃうか」

 十万部。出版業界に縁のない人は、それほど驚くような数字だとは思わないかもしれません。実際、軽く十万部以上を売り上げる小説もこの世に存在します。村上春樹とか。

 しかし、そんなものは年間出版される小説のうちのほんのわずか。せいぜい、片手で収まる範囲でしょう。実際には十万部どころか、一万部でも売れれば「よく頑張った」といわれるのが現状です。

 もし大御所作家や有名なタレントが書いたものであれば、初版で十万部を越えることもありえるかもしれません。聞いた話ですが、「火花」の初版部数は三十万部だったそうです。

 しかし、こちとら大御所でもなければ有名タレントでもない、初版四千部がやっとの売れない小説家(ちなみに、この初版四千部という数字は文芸出版の世界では「普通」だといっていいでしょう。小説の分野でもこれより少ないこともありますが、多くの場合、無名の小説家が、初めて付き合う出版社から本を出す場合の初版は四千部程度です。つまり、多くの作家が初版四千からスタートということになります。
 逆にキャリアの浅い作家であっても、直木賞を初めとする文学賞が狙えるという位置にいる、といった場合には、初版は八千部、場合によっては一万部強ということもあります)

 それが「十万部」。長く書店に置いてもらえる文庫本ならまだしも、ヘタしたら一か月で消えてしまうこともある単行本で?

 正直、この気楽とも思える「十万部売ります」発言には怒りすら覚えたわけですが、実のところ、その怒りは「売ります」といったイワサキ氏に対してというより、半分以上、自分自身に向かっていました。

 というのも、何よりも私自身が「十万部なんて売れるはずがない」と思っていたからです。

「そんなことできるはずがない」というのは、自分自身が子供の頃から散々言われてきた言葉です。言われたことと反対のことをするという天邪鬼な性格なもので、そう言われたからこそ今の職業でやっていけているという面もありますが、だからといって言われて良かったというものではありません。

 それが、いくら大人になったとはいえ、、自分自身にそんなことを言うようになるなんて!

 さらに先ほどの発言は、裏を返せば「売れなかったらそれがよい作品ではなかったということ」というようにも受け取れます。

 言い換えれば「十万部売る気はありますよ、あなたが書いたものが本当によければね?」ということです。

 私は温厚な人間ではありますが、売られた喧嘩を買わないでいられるほどに人間が出来ているわけではありません。
 要するに、最初の打ち合わせでものの見事に焚きつけられてしまった、ということになります。

 焚きつけられやすい、というのは私自身の性格によるものですが、相手をどれだけ焚きつけられるのか、というのは、ある意味、編集者として必要な能力なのかもしれません。
 

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