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前回は、「三十代以上に向けた王道の恋愛小説」というテーマを前にして困り果てた、という話でしたが、ひとつ言い忘れたことがありました。
それは、「私はいつだって困っている」ということです。
小説を書くとき、困っていないことはまずありません。特に書き始めるときはいつだって困り果てています。
これは「適切な言葉や表現が見付からない」とか「プロットをどう展開させていいか分からない」というレベルの話ではなく、「何から手をつけていいか分からない」ということです。
新人賞を受賞してから八年、これまでいくつかの本を出してきました。書いた短編の数も二桁には乗るでしょう。それでも、新しいことを始めるときにはいつも、「何が分からないか分からない」という状態です。これは、デビューする前から少しも代わりません。さらに言い添えるならば、その分からなさは年々、ひどくなっています。
それが年を取ったせいなのか、欲が出ているためなのか、どちらにしても、「小説を書く」ためには、この「何が分からないか分からない」状態を脱出することが必要になります。
そのきっかけを探して、ノートを広げて思いついたことを書いたり、料理をしたり、本を読んだり、音楽を聞いたり、部屋を片付けたりするわけですが、それが功を奏することは滅多にありません。そうして数日間にわたり、のたうち回ることになります。ところが不思議なことに、きっかけというのは思いがけないところからやってくることがあります。
今回のきっかけとなったのは、部屋を整理したときに出てきた一冊の雑誌でした(「部屋を整理する」「本棚の本をきちんと並べる」というのは頭の整理としても有効な方法であるようです)。
それは昔の映画雑誌で、表紙は坊主頭のブラッド・ピットでした。そしてその発行年を何気なく確かめた途端、大げさではなく、愕然としました。そこには、「2000年」という数字が書かれていました。
今から十九年前。
十九年? 嘘だろう、おい。いつの間にそんなに時間が経ったんだ? ブラッド・ピットは今とほとんど変わらないように見えるのに、十九年?
正直に言うならそんな感じ。
ある程度の年齢を重ねた人がよく口にする「十年前、二十年前なんてついこの間」という言葉。子供の頃はそれが不思議でなりませんでした。子供にとっては、十年前なんて昔、二十年前なんて大昔。
でも大人になって振り返ってみると、十年前、二十年前はとても近く、本当に手が届きそうなほど近く感じられる。
その瞬間、この作品の芯が決まりました。
過ぎ去った時間は、どこに消えるのだろう? ただ単に過ぎ去っただけ? それとも?
ただし、細かなストーリーが決まったわけではありません。あるのは、ただ曖昧な輪郭だけ。
そして、このぼんやりしたイメージだけを持って、第一回目の打ち合わせに臨むことになりました。