ふしん道楽 vol.33 手すり
小さいころから大好きな手すりのデザインがある。
それは大理石など石を掘り出したもので、手が触れる笠木部分は輪切りにすると長細い楕円のような感じ。
お菓子のルマンドと少し潰したロールケーキの間くらいのイメージ。
手すり壁と笠木の間にはニ重か三重にモールディングが施されていて、それもすべて丸い。
丸いのだがボテボテ大きくなくすっきりと薄い丸さ。
そして重要なのが折り返し部分やカーブする部分。
そこは鋭角になっておらず緩やかなカーブで大きめに回り込む感じだ。
人々がよく触る部分は少し黒ずんではいるものの、ほかの場所よりなめらかで艶もありすべすべしている。
そしていつ触ってもひんやりとしていて気持ちが良い。
ってやけに具体的だけどそれどこの手すりよ?と、自分に聞きたい。
マジで一切記憶にない。
そんな立派な手すりのある建物に滞在したこともないし、なじみのある土地にそういった立派な建物はなかった。
たとえば子ども時代にいた多摩市は割と新しい住宅地だったのもあって市役所や公民館なども比較的新しいものが多い。
昔からの城下町や街道沿いの古い町のように明治、大正、昭和初期に建てられた素敵な洋風建築などはなかった。
あ、一つだけ聖蹟記念館という明治天皇ゆかりの建物があったが、館内にそのような手すりがあっただろうか。
記憶にもないけど、そもそもそんなになじむほど通っていない。
ほかに私がそんな手すりを体験できるような場所というと、あとは七五三や親戚の結婚式などで普段めったに行かないような立派な場所に行ったときの記憶?
それも曖昧だし確実にどこ、というのも思い出せない。
あれこれ考えてみて思い当たった。
伊勢丹など百貨店の階段かもしれない。
画像検索してみると、思い描いていたのとは違うが何となく似ていないこともない。
何より大理石の手すりではある。
もしかして今はもう閉店したような古いデパートの階段だったのかもしれない。
幻のマイ・フェイヴァリット手すり…。
それにしてもなぜ急に手すりについて考えているのかというと、このたび夫が足首を骨折してしまい、いろんな場所の手すりに助けられて生活することになったからである。
病院はもとより公共施設や駅周辺、ショッピングモールなど普段は使うことがないのでその存在すら認識していなかったけど、探してみると結構な場所に結構な量の手すりが設置されている。
そのなかで好きな手すりに近いものを探してみたが、当然ながら風雅な手すりはそんなに存在しない。
頑張って近いものを選ぶとすれば手が触れる部分が薄べったい、断面が楕円状になっているものか。
これはショッピングモールの駐車場に行く階段など、メーンのフロアではない階段に割と見受けられるタイプ。
表面はおそらく樹脂でできている。
世の中の手すりのほとんどはステンレスかアルミニウム。
もしくは手が触れる部分だけ樹脂を被せてあるものだ。
まあ正直いってあまり好きではない。
何が好きでないかというと、まずその見た目の機械的な感じ。
冷たく硬質な感じが味気ない。
しかし手すりは性質上どうしても実用性が最優先ではある。
耐久性や掃除のしやすさを考えれば当然のことだとも思う。
でも実用性だけでつくった建物と街並みは美しくない。
何を美しいと思うかは人それぞれなので、無駄のない機能美を美しいと思う人ももちろんいるだろう。
たとえばデスクライトなどは、機能性とデザイン性が両立しているものも
見つけることができる。
しかし私はモールディングのある大理石の手すりを愛する人間だ。
機能性だけに全振りした造作物をどうしても美しいと思えない。
では木製ならどうか。
個人宅や病院、高齢者施設などは使う人の手触り重視で素材を選ぶため木製が多いようで、その形も丸い断面のものが大半を占める。
木製は触ったときに温かみがあり手になじむ柔らかさがある。
しかしなぜなのか。
木製となると今度はその安全性や温かみに全振りしているデザインばかりのように思う。
以前マンションの内見をせっせとしていた時期に、いつも前を通る憧れのマンションの部屋を見る機会に恵まれた。
候補でもらった物件のなかで自分たちが買うには若干予算が足りなかったが勉強のために見ることにしたのだ。
芸能人や経営者が多く住むだけあってエントランスも廊下も非常に落ち着いた色調で、何十年経っても古びないタイムレスなデザイン。
使われている石も木材もすべてが高級感にあふれていた。
廊下は防犯のためか複雑な造りで調光にもかなり気を配っているようだった。
どこをどう通ったのか思い出せないが、案内された部屋は一階の奥まった場所にあった、ような気がする。
だがそこまで来て驚くことに、急に温かみのあるホッコリと丸い木の手すりが出現した。
黄味の強い薄茶色で塗装され、1メートルおきに薄ベージュのプラスチックで壁に固定されている。
正直いってすべての高級感が一気に消え失せるほどの破壊力だった。
『カックラキン大放送』における刑事ゴロンボ(野口五郎)ばりに「ズコー」とこけそうになった。
聞けばそのゾーンにお住まいの方がご高齢で歩行が困難なため、そこにだけ手すりを設置したということであった。
仕方のないこととはいえ、この内装と雰囲気込みでの物件の値段でもあるのにどうにかならなかったのか。
おそらく市販品の木の手すりはバリエーションが少なく、そのなかで選ぶしかなかったのだろうと想像するが、それは最近病院で見かけたものとほぼ同タイプのものだった。
手すりというものは使う人にとっては非常に重要で、避難が必要な非常時においては文字通り命綱となるような性質のものだ。
だから必要以上に装飾がついていたり、デザイン重視で強度を無視することは良くないとされているのかもしれない。
しかしあまりにもおろそかにされてきたジャンルのように思う。
ちなみにこの原稿を書くにあたり「手すり おしゃれ」などで検索してみたが、結果は何というか、えーと。
皆様も検索してみていただきたい。
そもそも「素敵な手すり」というもののモデルがないのではないか。
私の好きな大理石のすべすべした手すりは現実的に個人住宅向けではないし、温かみがあっても丸い木製の手すりは最後の手段に残したい。
もしも将来、家に手すりをつけるということになったとき、選択肢がこれしかない……という事態を避けるためにも、どなたか我こそはと思うプロダクトデザイナーさんが、機能性もあって素敵な手すりをデザインしてくれまいかと願うばかりである。
初出:「I'm home.」No.133(2024年11月15日発行)
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ロンパースルーム DX
安野モヨコ&庵野秀明夫婦のディープな日常を綴ったエッセイ漫画「監督不行届」の文章版である『還暦不行届』の、現在連載中のマンガ「後ハッピーマ…
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