「アザラシの赤ちゃんに出会う旅」をお守りにカナダへ向かった
私には、時間もお金も度外視して心のままに動く事が、たまにある。
久しぶりにそんな気持ちになった日だった。
私は新幹線に乗って群馬県・前橋市に向かっていた。前橋に行こうと決めたのは、前日の夜の事だった。
前橋駅からすぐ「アクエル前橋」の一角で、動物写真家・小原玲さんの写真展が開催されている。
小原玲さんは、アザラシの赤ちゃんやシマエナガの写真で有名な動物写真家で、2021年11月に亡くなってしまった。
アザラシの赤ちゃん好きの私は、動物写真家の名前を何人か挙げることができるが、小原さんはその中でも特別な存在だった。
人生であんなに心震えた旅ができたのは、小原さんのおかげだからだ。
アザラシの赤ちゃんの写真集をきっかけに小原さんを知り、その後、1冊の本を読んだ。その本を頼りに、カナダにいるアザラシの赤ちゃんに実際に会いに行き、小原さんのガイドの元、素敵な旅をすることができた。
小原さんの写真展に行って、その旅を思い出した。
「こんなにかわいい動物がこの世界にいるんだ」
真っ白でふわふわなアザラシの赤ちゃんを見た時、衝撃を受けた。
「ふわふわなアザラシを触ってみたいな」
そんな妄想をしていた小学生の私は、半分本気半分妄想の気持ちで、アザラシに会える水族館を探していた。しかし、日本の水族館ではタテゴトアザラシの赤ちゃんを見る事は難しく、大人のアザラシを水族館でガラス越しに見るのがやっとだった。
北海道・紋別にある「とっかりセンター」へ飛び、生まれて初めてアザラシにタッチする体験をして静かに感動したり。
弾丸日帰り旅で、新潟県・「マリンピア日本海」へ行き、生まれたばかりの赤ちゃんをフェンス越しにずーっと見ていた。(しかしほとんどお昼寝の時間)
北海道の旭山動物園に行っても、江の島水族館へ行っても、沖縄の美ら海水族館に行っても、ふわふわの赤ちゃんに触れることはできなかった。
そんな中、小原さんの「アザラシの赤ちゃんに出会う旅」という本と出会った。カナダのマドレーヌ島でアザラシの赤ちゃんに会えるツアーが毎年開催されており、かわいい写真と共に事細かに説明がされている。
「人生で一度行けたらなぁ」
現実にはとても行けるとは思えなかったけれど、その気持ちは小学生の頃からずっと心にもっていた。
2020年、社会人になって、年末の大繁忙期を死にそうになりながらこなし身も心も疲れ切っていた。
幸いにも、厳しいチーム体制の中日々業務をこなしていた事を上司が認めてくれていて、周りのメンバーにも恵まれていたこともあり、「これを乗り切ったら有休取ります!」と宣言してみた。
「あれ。今ならもしかして本当に行けるかも・・・」
調べるだけでもと思い、ネットで検索し、見積もりを取ってもらい、どんどん下見を進めている内に、アザラシの赤ちゃんに会いたい気持ちが止められなくなっていた。幸運にも一緒に行ってくれる友人が見つかり(奇跡)、やっっと念願のアザラシに会える!!!
ワクワクと不安で毎日を過ごしていた。
アザラシウォッチングツアーが開催されるかは、毎年の氷の状況でギリギリまで分からない。特に地球温暖化が悪化している近年は、氷の状況が良くなかった。タイミングが良くカナダに行けたとしても、ストームや氷の状況、アザラシの出産状況によっては、会うことすらできない事もざらにある。自然相手とはいえ、アザラシの赤ちゃんに会えることは幸運が重なってのことなのだ。
そんな中、一緒に行く友人が急きょ行けなくなってしまう。
正直頭が真っ白になった。笑
誰か他に一緒に行ける人はいないか。たくさんの人に声をかけた。長期間の休暇・高額なお金・万人受けする観光地ではない事もあり、なかなか見つからなかった。かといって、いきなり1人で海外旅行をする勇気もない。そして、中国からは後に世界に大流行することとなるコロナの感染に関するニュースがちらほら聞こえてきていた。
普通に考えれば、延期するところだ。
いつもの私なら、安全をとって絶対に延期していた。
でも、今回ばかりはどうしても、どうしても諦められなかった。何とか行ける手立てが無いか、旅行会社に何パターンも見積もりを取ってもらって、あらゆるツールから情報を集め、幾度となく両親にも説明した。
しかし、当の本人も、「絶対行く!」と息巻いている時もあれば、「やっぱり不安だし、延期して誰かと行こうかな」を、行ったり来たりしている毎日だった。1日1日とキャンセル〆切が近づいてきていて、結論がくるくる変わっていた。
そんな私を見かねてか、旅行会社の担当者の方が、同じタイミングでツアーに参加する人と道中一緒に動く案を提案してくれた。初めましての人と海外旅行。そんなの初めてだった。
でも、これしかない。
それでも行きたい。
やっと決められた。
出発の3週間前とかだったと思う。
そこから、怒涛のカナダ旅行への準備が始まった。
旅行会社の人にしつこく細かく質問しまくった。
数少ないアザラシツアーのブログを読み漁った。
そして、小原さんの「アザラシの赤ちゃんに出会う旅」を、何度も何度も読んだ。氷の上なんてどれくらい寒いのか想像もつかないし、マドレーヌ島の事なんて、観光本には載っていない。どの時期に行くかで出会える赤ちゃんも違う。私の行きたい場所は、分からないことだらけだった。
小原さんの本をお守りにカナダに向かった。
やっと、アザラシの赤ちゃんに会いに行ける。
つづく。