春やら夏やら③【連続短編小説】
※前回の「春やら夏やら②」はこちらから
「仕事ってそう言うものでしょう」
5年先輩だけど同期入社の吉岡が言う。彼女は私の直属の上司である。なかなか進まない案件がようやく進みそうなタイミングで彼女がお休みを取った。だから私は彼女を飛び越えて課長に指示を仰いだ。
ただそれだけなのだった。
「先に私に連絡が欲しかった。段取りがあったんだけど」
しょうがないかもしれないけど、と含みを持たせたその言い方は私を少しだけ混乱させる。
「申し訳ございません」
私がそう言うと、彼女は困ったような顔で首を横に振る。
「そうじゃなくてさ」
ならば何だというのだ。
仕事ってそう言うものって、そう言うものって何だ。それで言うならば、つつがなく進捗させることが仕事だと私は思っている。それは違うのだろうか。
「うん、ごめん、私が違うね」
吉岡が言う。
「仕事って言うか、会社ってそういうものでしょう」
会社ってそういうもの。
そう言われて、私がなぜだか妙に落ち着いてしまった。
会社ってそう言うもの、と言われると私はそれを知らないのだった。会社がどういう組織で、どんな業態でどんな部署があって・・・・・・なんて形は分かっているものの、その中で働く私を含めた人たちがどんな思いをもって、彼らが会社のどこの何を担って、それによってこの会社がどのように機能しているのかだとかそんなことのすべて。
私はそれを知らない。
知らないし、興味がない。
それを自分が分かっていて、吉岡がそんな私に『会社ってそういうものでしょう』と言ったものだから、すんなりと納得してしまったのだ。
なんとびっくり、40歳にしてわが社について、ぴんとこないのである。
私はこの会社の何も知らない。
そらそうだ。
私は別にこの会社のこの仕事がしたくて働いているわけではない。だからと言って、『この会社のあの仕事』がしたかったわけでも、『あの会社のあの仕事』がしたいわけでもない。
別に何の仕事がしたいわけでもないのだ。
大学を卒業するときに、その次のコマが就職だったから就職を選択し、就職支援課の職員さんがこれはどう?と聞いてきたから、応募し、面接やら試験やらを受けて運良く合格し、就職したのだ。
あのとき職員さんがたとえばパイロット募集なんかの案内を提示してきたら、もしかしたらそうなっていたかもしれない。
それくらい、私は他人に任せて、私は私を考えてこなかったのだ。
そのとき、私はふと、思い出した。
そう言えば、私は歌手になりたかったのだった。
プロポーズを受けたときに思い出したそれを、私はまた、思い出していた。
結婚も、会社も『そう言うもの』らしい。
じゃあ、私って一体『どう言うもの』なのだろう。私はそうやって、自分のなにもなく生きている。
あなたはどうだろう。
あなたはだぁれ。
続 -春やら夏やら④【連続短編小説】- 6月27日 12時 更新