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2月20日アイラブミー記念日

(※いつもより長いです。2400字程度)

「あ、ねぇ、今、はこちゃんのこと可愛いって誰か言った気がする」

 何かを察したのか、きょろきょろとあたりを見渡したのは4歳の葉子だった。『ようこ』と読む感じが『はこ』とも読めるんだよと母の奈々美が伝えて以来、自分のことを『はこちゃん』と呼ぶようになった。

「えー誰だろうね、はこちゃん可愛いからねぇ」

 慣れたようにあしらいながら母は歩き続ける。おそらく自分たちの隣を過ぎていった散歩中のチワワを見ている女子学生が可愛いと言ったのだろう、チワワのことを。なんとなく分かっているが母は特に何も言わない。

「あ、犬さんだ!」

 また別の散歩中の犬が前からやってきた。賢いのか、二人が通る道を避けるようにして歩いてくれている。それにじりじりと寄っていく葉子。

「可愛いねぇ」

 葉子は立ち止まり、ゆっくりと歩いていたチワワの頭を撫でた。飼い主も優しい人で、ありがとうと笑ってそれを見ている。しばらく撫でたりにっこりと笑いかけてみたりと、葉子は嬉しそうだ。

「はこちゃん、そろそろ行こうか」

「うん。ごめんね、犬さん、はこ、もう行かなきゃならないから遊んであげられないの」

 そんなことを言うものだから母は慌てて困り笑いを見せるが、飼い主は品良く微笑んでくれた。

「残念ね、また遊んでね、お姉ちゃん」

 お姉ちゃんと言われて気を良くした葉子は力一杯手を振って再び歩き出す。そして、ふぅと大きくため息をついた。

「もう、いっつも犬さんたちははこにくっついて来ちゃうから困っちゃうよねぇ」

 困った困ったと言いながらも少し弾んだ足取りは軽い。母は先に行く彼女を見て思わず笑った。我が娘ながらなんと可愛らしいのだろう。

 彼女は自分が大好きだ。

 こんなふうに幸せなセリフをよく口にしている。それを聞いたり見たりすることが母は幸せであり、自分のことも好きになれるように感じるのだった。

「みんな、はこちゃんのこと大好きだからなぁ」

 足並みをそろえて葉子が言う。母はまだ少し笑いながらも、そうねと頷いた。すると、葉子が突然足を止める。

「ママ、本当?」

「え?」

 急に真剣な表情で葉子は母に尋ねた。

「私って変な子なの?」

 さっきの満面の笑みが一転不安そうな顔である。母はあたりを見回し、近くにあった歩道のベンチに彼女をつれて行く。

「何でそう思うの?」

「みくちゃんが言ってた。自分のことを可愛いとか大好きとかそんなことを言うのは変な子だって」

 不安、と言うよりも困惑に近い表情である。母はうーんと考えるそぶりを見せて葉子の顔を見る。

「ママは、自分のことを可愛いとか大好きって言える子は素敵だなって思うよ」

「本当?」

 母はうん、と頷き微笑んだ。

「はい、質問しまーす。はこちゃんは、たくさんの人を好きになれるのと、少しの人しか好きになれないとしたらどっちがいい?」

「たくさんの人が好き!」

「そうだよね。じゃあ次ね。そこにタンポポがあるでしょ。で、ちょっと遠くのあそこにもある」

 母はそう言って近くにあるタンポポと遠くにあるタンポポを指さした。

「例えばそこの近くにあるタンポポが遠くて触れないって言う人は、もっと遠くのタンポポにも触りに行けないと思わない?」

 葉子は少し考えて見せ、大きく頷く。

「近くで触れないんだったら、ここよりもっと遠いんだからあれも触れないよねぇ」

 近い方から遠い方のタンポポを指さして言う。母も頷く。

「そうなの。近くのものが触れる人は遠くも触れるかもしれない。でも近くも触れないって人はやっぱり遠くも触れないんだよねぇ。だからね、一番近くの人を大好きって言える人は遠くにいる人のことも大好きって言えると思うの」

 うーんとまた悩むように首を傾げた。

「はこちゃんに一番近い人っていうのははこちゃん自身なの。はこちゃん自身を大好きって言えるってことは、自分より遠くの人のこともきっと大好きって言えると思うんだよ」

 しばらく難しい顔をしていた葉子だったが、次第にうっすらと微笑み始める。

「はこちゃん、自分のことが可愛くて大好きだから、他の人のことも可愛くて大好きって思えるってこと?」

「そうそう!自分のことを大好きになるってことは他の人のことも大好きになれるってこと!」

 母がそう言うと、葉子は満足気に笑い、その場にしゃがみ込んだ。そして足下のタンポポをそっと撫でる。

「タンポポさん、はこちゃんはまずはこちゃんが好き。でもあなたのことも大好きよ」

 そう言うと、勢い良く立ち上がり、今度は遠くのタンポポのところまで駆けていく。

「遠くのタンポポさん。もちろんあなたも大好きよ」

 ちゅっとキスをするようなジェスチャーをし、ニコニコと笑いながら母の元に駆け戻ってくる。

「ママのこともパパのことも大好き!はこちゃんの近くにいる人も遠くにいる人も皆大好きよ」

 ぎゅーっと母を抱きしめた。母も目一杯彼女を抱きしめる。可愛い可愛いと思いながら。その温かさがじんわりと母の胸に響くころ、葉子が思い出したように口を開く。

「はこちゃん、変な子じゃないんだよね」

 そう言ってより強く母の胸に顔を埋めた。そのまま母は返事をする。

「もちろん。変な子じゃなくて素敵な子だわ」

「何でみくちゃんは、はこちゃんのことを変な子って言ったのかな」

 やはり不安気に聞くので母はそっと葉子の顔を胸から離し、頭を撫でた。

「きっと近くのタンポポが触れなかったのよ」

 葉子はきょとんとし、よく分からないと言う素直な表情をする。母は穏やかに笑って言った。

「みくちゃんの代わりに、はこちゃんが大好きって言ってあげて」

「うん!分かった。はこちゃんが言ってあげるのね」

 にこりと笑い、母はベンチを立ち上がった。さてスーパーへ向かう途中だったのだ。歩き始める。すると葉子が待ってと声を出す。

「ママの代わりにはこちゃんがママ大好きってもう一回してあげるね」

 そう言って足下を温かな両手がぎゅっと包んでくれた。

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【今日の記念日】
2月20日 アイラブミー記念日

愛知県名古屋市に本社を置き、化粧品の通信販売などを行う株式会社未来が制定。同社の発行する「アイラブミー会報誌」の「自分をもっと好きになり、すべての人ももっと好きになってほしい」というメッセージが多くの人に広がり、自分を愛することのすばらしさをあらためて思い出す日にとの願いが込められている。日付は「アイラブミー会報誌」の創刊号が発行された2011年2月20日から。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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