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ひととせ⑦【連続短編小説】

※前回の「ひととせ⑥」はこちらから

 病室の中を細い風が抜ける。
 定期的な換気が必要だからと看護師たちがその都度病室に来るのが嫌で、僕は常に窓をわずかに開けることにしている。数日も経つと、風が入っていることにも気づかなかったりする程度にはそれにも慣れた。

 けれど今、確実に僕のそばを細くて冷たい風が抜けたことが分かる。

「僕の伝え方が良くなかったのかもしれません」

 主治医は困ったようにけれどしっかりと僕の目を見て言い、続けた。

「いつだったか、川崎さんがいらっしゃったはじめの頃に、拠り所としてイメージする友達のようなものを自分の心に作ることも、一つの楽になる方法だと伝えたと記憶しています」

 そう言われ、僕はゆっくりと記憶を辿った。そしてそのときには、彼のその提案を頭の中で否定した自分がいたことを思い出す。友達ならば実際に存在するのだからわざわざ頭の作り出す必要もないし、自分でつくりあげるなんて滑稽だとすら思っていた。

「覚えています。けれど僕はそのイメージが持てなかったのです」

 なぜだか妙に申し訳ない気持ちになり僕は視線を下げた。彼の手元が視界に入る。両手の指を組んでいて、そこにぎゅっと力が込められているのが見て分かる。どうかしたのかと、今度は視線をあげて彼を見た。穏やかな笑みをなく、彼は口を開く。

「おそらく、そのときに出来たのが『サキ』さんです」

 なにを。

 なにを言ってるのか。僕は新たな梅の花の折り紙を手に持ち、握りしめた。

「なにを言っているんですか」

「僕の推測であり、おそらくは事実です」

「サキはずっと僕のそばにいました。それこそが紛れもない事実だ」

「違います。あなたが作り上げた拠り所となるイメージです」

「そんなはずは・・・・・・」

 彼は厳しい顔つきで僕の言葉を切り返し、僕はその都度、『だって』とか『でも』などと繰り返す。

「そうだ、母にも何度か会わせています。母に聞いてみてください」

 僕は母の存在を思い出し、スマホを手にするが、主治医がその手を止めた。

「お母様は先ほどからそちらに同席いただいています」

「え」

 彼はそっと入り口近くの薄いカーテンを開けた。

 そこには確かに母がいる。

「母さん、なんで」

「川崎さん、あなたの担当医から連絡をもらったのは事実です。けれど、連絡をいただいたのは、お母様のご希望です」

 母を見れば、目にためた涙がこぼれることも厭わずに大きく目を見開いて僕を見ていた。その様子が僕を混乱させる。

「一路、サキさんなんて人はいないのよ」

 そう言って、ボロボロと涙を落とすのが見えた。母が、泣いている。

「なにを言っているの、母さんにも何度か会わせたでしょう」

 僕が言うと、母は力なく首を振る。「いつだってあなた一人だった」そう言って、嗚咽した。

「事故に遭う直前、診療時に『もう一度休憩しましょう』と言ったことを覚えていますか」

 僕はぼんやりとしたまま頷いた。

「もう一度休憩、というのは私の中で入院を予定していました。そしてそれはお母様にも承諾を得ておりました」

「ちょっと待って。一体なにがどうして」

 僕は分かるはずもないだろう現状を頭の中で必死に突き詰めるが、少しも答えが見えないでいる。

 サキはどこにいるのだろう。

 僕はだんだんと思考を止めてサキを探し始めていた。

 サキなどいないのに、半年前からサキという人間がいるように振る舞っていることや、すでに一年以上も前に退職しているにも関わらず、仕事に復帰するだの再び休職するだのとカウンセラーに相談しては折り紙を折る僕は、すでにずっとどこか壊れたままだったらしい。元々壊れていたのに、その中でも壊れて見せているのだから、とんだ喜劇である。

 さて、サキはどこにいるのだろう。

                                                                             続                        ひととせ⑧【連続短編小説】-                                                   2月20日 12時 更新

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