
【エッセイ】万灯の光
東京は38度。沖縄よりも暑いらしい。
この猛暑の中、4年ぶりに開催されたお盆祭りへ赴いた。
熱気に項垂れながらも、祭りが行われるお寺へ歩みを進める。
徐々に同じ所を目指す人々が目につき、次第に大きな波となって、お寺へと吸い込まれてゆく。
そんな大きな波の泡の一つが私だと思うと、その流れに身を任せることが、定めのように感じる。だが、私はその流れに乗り切れない。浴衣姿のカップルも、お面を頭に乗せ走る少年も、やきそばを頬張る少女たちも、額縁に入れた静止画のように、私の横を通り過ぎては何も残さず消えてゆく。
私には、屋台よりも盆踊りよりも行かねばならぬ所があるのだ。
本堂を過ぎ、万灯供養受付と書かれた看板に向かった。
「万灯供養をお願いしたいのですが。」
「こちらの紙にご記入下さい。」
石で留めてある紙束から一枚引き抜き、氏名を書いた。
「ここには何を書けば?」
「ご供養なさる方の戒名をお願いします。」
私は、弟の戒名を書き、紙を渡した。
「こちらで承りました。万灯は、本堂の右側に置かれますので、そちらでお待ち下さい。」
言われた通り、本堂の右へ向かうとすでに数多くの灯火が揺れていた。
ここに加わるのか。
集団行動が苦手だった弟は、こんな大勢の所に置かれたら困惑するだろうと思案しているうちに、弟の万灯がやってきた。
小さな白い和紙で覆われたそれに、火が灯る。
火はたちまち白い和紙を橙色に染め上げ、風に吹かれて火の影は揺れる。
眩しい、と思った。
ここにはない命の光は、まばゆく、熱かった。
弟の命は、突然失われ、肉体は焼かれて、魂は見えなくなってしまったというのに、万灯の光は、今生きているどの命よりも眩しい。
本堂を抜けて、盆踊りでも見ようかと歩いていると、ある青年が視界にはいった。
その青年から目が離せなかった。
弟がいる。
いや正確には、弟と酷似している人がいた。
背格好も、顔も。
あぁ、こんな青年だったのだ、こんなにも大きく、それでいてどこか不安定で、その薄い肩を掴んで、待って、といいかけたくなるような。
不意に視界がぼやけて、涙が頬をつたった。
悔しかった。
私が見たかったのは、火の揺らぎでも、灯の温かさでも、橙色に染まる万灯でもなく、その薄い肩なのだ。
薄い肩を揺らし、不安そうにふらふら歩き、ふと振り返って、その細い目で笑ってほしい。
そんな弟をもう見ることはできないと響く心をかき消すように、盆踊りの音頭が始まった。
弟に似たその青年は、連れの友人と、空のペットボトルを振り回しながら、音頭の方へと駆けていく。
その青年とは逆方向へ私は歩みを進めた。家路を急ごう。今日は沖縄より暑いから、アイスを食べても許されるだろうか。