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インドネシア滞在記⑥雨とアンコットの街ボゴール

 私が暮らし始めたこのボゴールという街はジャカルタから南に約60キロに位置しており、少し高地になっていたため、インドネシアでは避暑地との呼び声が高い街だった。日中は肌に刺さる日差しが痛いくらいだったが、確かに朝や夜は布団がなくては眠れないくらいに気温が下がる。デヴィ夫人の旦那様でもあった初代スカルノ大統領が暮らしていた宮殿があるくらいなので、避暑地の名は本当だったのだろう。
 そんな、一見涼やかなイメージのボゴールだが、ある2つの通り名でも知られていた。「kota hujan(雨の街)」と「kota angkot(アンコットの街)」である。
 雨の街とはその名の通り、とにかく毎日毎日飽きもせずに雨が降る。雨といっても日本のような、しとしと雨ではなく、空がゴロゴロといったかと思うと、息をつく間もなくいきなり傘が折れるくらいの激しいスコールがやってくる。特に雨季になるとそんな雨が朝から降ったりするので道路はしょっちゅう水があふれて洪水になっていたし、停電は日常茶飯事だった。あまり雨や雷が強くなると本当に家にたどり着けなくなるので、夕方頃なると「もうすぐ雨が降るから今のうちに帰れ」と早々に家に帰らされ、いいのか悪いのかよくわからなかった。

 さて「アンコット」とは、インドネシアのいわゆる乗り合いバスのことで、大抵車体は緑色か青い色をしており、周回コースによってさまざまな番号が存在していた。運賃は大体20円~30円くらいで、乗りたいときは手を挙げて止めて乗り込み、おりたいときは運転手の兄ちゃんに「キリ(左に寄せて)」と言うと好きな場所で降りることができたのでそれなりに便利だったが、乗り合いバスといっても大きさはミニバンほどの、今にも壊れそうなくらいボロボロの車ばかりだったので、しょっちゅうエンストしたり故障したりで、その度に乗客は強制的に降ろされたりしていた。車内にはぐるりと座席があり、みんな背中を丸めて小さくなってぎゅうぎゅう詰めになって座っていた。もちろんエアコンなんてあるわけもなく、窓はあるのかないのか常に全開だったが、気温の高さとものすごい人口密度のおかげで天然のサウナみたいになっていて、ちょっとアンコットに乗るだけで大量の汗をかいた。
街で移動する手段はほぼこのアンコットしかなかったので、どれだけ疲れていようが荷物が多かろうが、滝のような汗をかきながらアンコットに乗り込み、暑さで頭がボーっしている隙に携帯電話、ipod、財布を3度も車内で盗まれた。

 ところでアンコットは他の街でも走っていたのに、ボゴールだけが「アンコットの街」と呼ばれていた由縁は、間違いなく、その数の多さである。道路を見れば右も左もアンコットアンコットアンコットである。完全に需要と供給のバランスがあっていない。おかげで常にボゴールの道路は渋滞しており、本来15分くらいで着く距離に余裕で1時間以上はかかった。どこもかしこも、せわしなくクラクションの音がいつも鳴り響いていて、少しでも乗客を乗せたい運転手のおっちゃんのしつこい呼び込みの声と「マチェット(渋滞)・・・」という乗客の悲しいつぶやきがそこかしこで飛び交っていた。
そんなわけで、ボゴールは「(アンコット(だらけ)の街」という大変不名誉な異名を世に轟かせていたのだった。

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