衝撃の本、悪の教典
貴志祐介の「悪の教典」を少し前に読んだ。上巻下巻に分かれていて、それぞれのかなり分量があり全体としてボリューミーだったが、飽きることなく一気に読むことができた。
緩急でゾクゾクする
物語がショッキング過ぎて面白いという感想は似合わないかもしれないが、無茶苦茶に引き込まれたことは確かだ。
上巻から下巻への物語の転換と緩急が上手すぎる。上巻はゆるやかに蓮実の異常性が露わになってきてはいるが一見平穏な日常が続いており、よくある裏社会マンガのように知らない所で巨悪が暗躍しているというワクワクを感じる。上巻でも何件かの殺人を犯してはいるが、ある目的のために殺人を犯しているという点で理解できる範疇にあるので、まだそこまでの驚きはない。
しかし下巻で蓮実が担当クラスの生徒40人を全て殺そうとし始めたあたりから急激に物語が加速する。読者からしたら明らかに殺人を犯すリスクの方が高いと思うのに、全く躊躇することなく人を殺していく。ここまできたらもはや蓮実の個人的な快楽が含まれているような気がしてならない。下巻での蓮実の行動と思考は完全に常識から外れており、読んでいる俺も作中の生徒同様、蓮実の異常行動にただ怯えるばかりだった。
殺人シーンの臨場感が凄まじい
下巻での生徒が徐々に殺されていくシーンは緊張感が凄まじく、こちらまで胸がつかえ呼吸が浅くなる感じがした。途中でトイレに行って一呼吸も二呼吸も入れないと、とても読み切れないぐらいしんどかった。
特に、死ぬ間際の生徒の思考が書かれたパートはキツ過ぎる。登場人物たちは一般的な高校生と比べて上手く対処しているほうだと思うが、それでも一枚も二枚も上手な蓮実の殺人行動を止めることができない。40人もいる生徒があらゆる手を尽くしても止められない、逃げることすらできない状況があまりに絶望的すぎて、本当に読むのが辛かった。
何というリアリティ、何という臨場感だろうか。個人的に、小説は「没入度」が面白さの一つの指標だ。小説は文字しか情報がないため、表面的には映像作品に「瞬間的情報量」で負けているかもしれない。しかし、没入できる小説を読んでいる時は頭の中で溢れんばかりのイメージが湧く。その時に脳内で投影されている映像、イメージ、感情は映像を圧倒的に上回るパワーを持っている。自分がその世界に入り込んでいるかのような感覚がする。自分は今までそのような感覚を小説では持ったことがあるが、映画ではない。没入体験は小説特有の強みなのだ。
そういう意味で、ピカイチの没入体験ができた「悪の教典」はめちゃくちゃ面白かった。(そういうことだから、いちいち用語の意味を調べたり表現の意味を考えたくなる村上春樹や古典文学は物語に没入できなくて、あまり好きではないのだ笑 我ながらまだまだライト層だなと思う)
総括
物語の展開が抜群に魅力的だと思う。加えて純粋に文章表現が巧みなので、上巻の比較的まったりした空気感でも読んでいて飽きない。AEDの録音機能や脱出装置など、物語のキーを上巻にさりげなくちりばめて伏線にしているのもさすが。
とにかく衝撃的な本だった。今後もう一度読むエネルギーは湧いてこないと思うから再読はないけれど、読めて良かった。