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私が学校の先生にならなかった理由

こんにちは。教育コンサルタントの藹(あい)うえおです。

塾講師15年目をやっています。noteでは誰かに届いて安心してくれる人が一人いたらいいなという感じで、子育てや学習法について書いています。

知り合いによく言われることですが、「なんで教員免許をとったのに教員にならなかったの?」という質問に答えようと思います。

単刀直入にいうと、「合わなかった」からです(^^;

それは実感と仲間の事件によって出てきた答えです。


大学生のときに、母校である高校に教育実習にいきました。

私は倫理担当の教官のもとで指導を受けることになりました。

(この教官はとても良い先生で、今も交流があります)


短期間ながらも、教員が過ごす一日を体験していくことになります。

指導計画書、板書計画書、授業見学、HRの司会などなど。

その中で、「学校は何が目標なのだろうか」とふと思い始めました。

先生は授業する。生徒は聞いている(一部寝ている)。試験をする。平均点を出す。・・・それから?学校はどうするの?生徒は毎年変わっていくけど先生たちは?

当時アルバイトしていた塾では、「志望校合格」や「50点アップ」などの具体的な目標が掲げられ、それに向かって走ります。目標が達成できるよう試行錯誤しながら進んでいきます。生徒ともぶつかったり何たりしながら一緒に目標を目指していきます。

学校にそれらしきものを探しながら三週間を過ごしてみましたが、いわゆる「無風」の世界に耐えられませんでした。

この世界に入ったらいつか発狂してしまうのではないか。

そんな感覚さえ覚えていました。

これが私が教員にならなかった理由の一つです。(あくまで個人的な考えです)

もう一つ。これはあまりにショックが大きくてほとんど他人に話したことがありません。

教育実習で所属した社会科は、科目が多いのもあって実習仲間がたくさんいました。

そのうちの一人、A君が実習期間中に自殺を試みて行方不明になるという事件が起きました。社会科のメンバーで交代しつつA君を探し、親御さんの元へ行き、SNSに何か発信していないかを確認しました。

幸い、A君はその日の夜無事に発見され、家に戻りました。

自殺しようと思った理由は「指導計画書などの準備が完璧にできないから」というものでした。

ちなみにA君は社会科のメンバーの中で一番真面目に準備をしていると評価されていました。その評価も彼を追い込んでいたのかもしれません。

この世界に染まってはいけないと痛感したできごとでした。

「目標がはっきりしない」世界で、「終わりのない完璧さを求めて疲弊する」。

ゴールのないマラソンをいかに美しく走り続けるか・・・って例えるとどれだけ苦しいかがわかるような気がします。

今起きている学校の問題も、こういった性格を持っているのではないでしょうか。

そんなこんなで、塾講師の道に進む決心がついたのです。

塾講師の世界についても、いつか書こうと思います。