見出し画像

仕事においてネットの情報を信じて良いのだろうか?って話

皆さんこんにちは、あんかけマンです。

ふと、高校生の時を思い出しながら、学校では色々な事を教わったなぁと思いだしていました。

よく「学校なんて行かなくていい」とか、「今の教育に意味は無い」とかそういうような発言を聞きますが、

私はどちらかというと、育った環境がすべてだと思っているタイプに人間なので、「決められた枠組みの中で生活していく必要もあるよね」

って思う派の人間だったりします。

というか、義務教育は義務なんだから、行かないとなんじゃないか?と素で思ったり。

中学校は部活越境で入学

私は小学校、中学校、高校と10年程バスケを続けていました。
別に私はそこまで上手いわけではなく、小学校の時も高校の時も、地区大会の一回戦で敗退レベルです。

中学校はそれなりに強くてですね、市の大会では表彰され県大会に出場する感じの学校でした。一個下の代はミニバスで全国優勝してたり、地区では有名(?)なメンバーもそろってました。

私は同級生の中でも上手くなく、何なら一番下手なくせに部長になるという意味わからない状態で(笑)

何気に小中高全てで部長を務めるという、経歴を持ってます。


小学校3年生の時からバスケをやっていたのですが、中学校は学区通りに進学すると、バスケ部が無い学校だったんですね。

私自身はあんまり詳しくないのですが、公立の中学校にも部活越境という制度がありまして、役所に申請すれば、学区外でも隣接している学校に対して、進学する事が出来るみたいんです。

学区外でも距離が近い場合や、希望する部活動などが無い場合に出来るみたいですが、この辺の詳細はすべて両親が行ったことなので良く分かりません(笑)

と、公立の場合、通常はエスカレーター式で進む中学校の進学を、部活越境という同小学校の120人中誰もやらない事をやってまで隣の学校に通うことになるわけです。

私が中学生の時は時代の転換期のような時代で、「体罰=絶対悪」みたいな事が生れつつある時代背景でした。

中学校の時の先生の話は割と面白い話がいくつかあるのですが、この辺の話はまた別の機会にするとしましょう。

高校は工業高校へ進学

中学校を卒業すると、高校に多くの方は進学すると思うのですが、私が通っていたのは工業高校の建設課。

なんで工業高校に進学したかというと、普通科の(普通)っていう表記が嫌だったから。

千葉県立〇〇高校(普通)

って感じで受験票だったりいろんなところに記載されるのですが、この、
(普通)ってのがたまらなく嫌でして、

()の中に閉じ込められた、普通な気がしてですね

なんとなくわかります?(笑)

まぁ、わからなくてもいいのですが、そんな感じで工業系の学科を卒業していた父の影響もあり、モノづくりがしたいと思い、工業高校に進学する事を決めていました。

で、なんで建設課にしたかというと、大きいものを作りたかったから。

「瀬戸大橋って俺が作ったんだぜ!?」とか「六本木ヒルズ作ったんだよ!」とか、スケールがデカいしかっこいいじゃないですか!?

っていうノリで建築を選びました。

衣食住に関わる仕事だし、建築は今でもやっぱり好きですね。
今になっても建築を専攻した決断は、私らしいなと思うことがあります。

教育が悪いっていうより、選んでない事が悪いんじゃないの?

中学校の進学に関しては両親が協力的だったこともあり、私の希望する進路に進むことが出来ました。

高校に関しても、通学時間で1時間かかりましたが、現実的に通える範囲に希望する進路の学校があったことも恵まれていたと言えます。

恵まれた環境にあったことは百も承知で言わせてもらうと、私は幼少期からさまざまな事を自分の意思で「選択」してきました。

  • 中学校の進路

  • 小学校で同級生は関東大会で優勝してるのに地区一回戦敗退の私が部長

  • 普通課ではなく工業高校への進学

  • 指定校推薦も多分取れたけど、高卒で働くという選択

何が言いたいかっていうと、こういう「自分で選んできた」という選択が「たくさんの事を学ばせてもらった」という今の感情につながっている気がしています。

という事です。

やれ、教育が悪いだの、人生がつまらないだの、そういう事を言っている人は大勢いますが、なんかそれって違うんじゃないかなぁ~とか思ったりするわけです。

ネットにある情報って本当に本物なの?

私の過去回想が長くなりましたが、本題はこれからです。

情報があふれるように存在している昨今、当たり前のようにネットで仕入れた情報の話を日常でもしていると思います。

私はあまりネットニュースを見ないので少し疎いのですが、

  • パリオリンピックは誤診だらけだ

  • 南海トラフがいついつ来るぞ

  • 松本仁志がなんかした

みたいな話ばかりです。

この辺の話題を投げかければ、ハチの巣をつついたようにこれ系の話題が大好きな人たちの議論で会場は大盛り上がりするのですが、

その情報源って本当に正しいものなの?

という視点を、常に私は持つようにしています。

例えば私がこのnoteで、「絶対に結婚できる男性を見つける方法!」みたいな記事を書いたとして、それを有料で販売した時にそれが売れますか?って話です。


当然、売れないと思います。

なんでかというと、私は別に「結婚できる男性を見つけるプロ」ではないからです。

でも、そんな私でも、本気で記事を書いたら、SEOで上位を取れます。

なんでかっていうと、SEOに関する知識がある程度あるから。

言ってる意味わかりますかね?

「絶対に結婚できる男性を見つける方法!」を販売して私が稼ぐ方法は、「絶対に結婚できる方法を学ぶ事」ではなく、「SEOで有利になる記事を書くこと」

なんです。

いや、正確にはサイテーションとか諸々の権威性とかそういうものがあるので、そんな簡単にSEOで上位取れないでしょって突っ込みは置いておいて、
でも実際に可能と言えば可能なんです。

建物を建てるときの基準はすべて書物

建築物を建てる時、全ては設計図に記載されています。

図面の最初に必ず特記事項仕様書というものがついているのですが、そこに建物を建てる時にすべてが記載されています。

特記仕様を確認して、そこに記載のない事(不明点)は「建築工事標準仕様書」(通称みどり本)に行き着きます。

んで、このみどり本にも記載がない事に関しては「設計事務所」に確認を行い、工事を進めていくのです。

設計図は設計事務所が作成しておりますので、特記仕様書も設計事務所が作成しています。みどり本に関しては国土交通省が発行しておりますので、国土交通省の基準に沿って、それでもわからない事は設計事務所に質問事項をまとめて定例会議で質問をあげるのです。

何が言いたいかというと、

ここのフローにおいて「ネットの情報」は存在しないという事と、「国土交通省(国)」が言ってることにも記載がない時に初めて上流に対して質問を出すのです。


端的にこの記事をまとめると、

何でもネットで調べんな、本読んで自分で調べて、それでもわからなければ質問すべし

という事です。

「すぐわかる情報だけど、誰が書いたかもわからない情報」を鵜呑みにして仕事をするってこと自体が、プロとしてどうなんですか?

っていう話です。

仕事っていうものはそういうものではなく、その道を極めた人が、その道で最高の成果を発揮すると胸を張って行うものです。

仕事でわからない事があれば、徹底的に調べる。
それがどこからの情報なのか?

信頼できる上司なのか、国や自治体、信頼に足る場所の出している資料なのか、

なんか、そういう部分まで調べて、自分の中で納得して、これならクライアントに対して責任をもって伝えられる(仕事が出来る)という状態になって初めて、「仕事をする」という事ではないのだろうか?

と、思うわけですよ。

ネットの情報を全部否定しているわけじゃない

勘違いしないでもらいたいのでは、「そういう観点も必要だよね?」という問題定義であって、全部が全部悪いもんだとは思ってない。という点です。

もちろん私自身も、ネットの情報を見て何かっ物事を判断する事もありますし、便利なものは使えた方が良いに決まってます。

でも、「仲良くなりたいあの子」と初めてご飯に行くときに、ネットの情報だけでお店を決めずに、きっと頼れる先輩や仲の良い友達に相談したり、自分で下見でお店の前まで行ってみたり、そういう事をするでしょう?

って事なんです。
仕事もそういうものなんです。

「いや、そんなことしないよ!インスタで写真も見れるからね!」

って言われちゃったら、それはそこまで。
「なんだか寂しい時代になったなぁ~」と思うだけなのですが(笑)

きっとここまでこのnoteを読んでくれてる人はわかってくれるはず。


仕事ってものは、自分の経験やしっかりと出どころの確かな情報を調べたうえでさ、相手にとって最善を尽くしたいよね!っていうそんな感じの話でした。

時代遅れっちゃ時代遅れなのかもしれないけど、こういう感覚を大事にしていきたいよね!

河島英五みたいにさ!


いいなと思ったら応援しよう!