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千と千尋の神隠しの名言に見る認知症末期の祖父との付き合い方

今年90歳を迎える認知症の祖父の記憶の中に私はいない。

元々一緒に住んでいたわけでもなかった私は家族の中でも忘れられるのが早かった

祖父の記憶の中でまだ私の事を「覚えている」と「忘れている」の境界線にあった頃、私は妊娠をしていて里帰り出産のため祖父母と母が暮らす実家に身を寄せていた。

夕食後から強くなった陣痛に悶えながら実家のせんべい布団で苦しんでいた深夜、たまたまトイレに起きたじいちゃんが私を見て

「はるちゃん、もう生まれそうかい?じいちゃんが産婆さんのところまで送っていってやるかい?」

これがじいちゃんに名前を呼ばれた最後の日になった。とっくに免許を返納していた祖父はもちろん車を運転できるわけもなく

「大丈夫だよ。今迎えが来るから元気な赤ちゃん産んで戻ってくるからね。」と祖父を諭し産院に向かった。

その後息子を出産し、5日後に実家に戻った時にはもう祖父の記憶の中に私はいなかった。

「どちらさんかな?」「この子はこのお嬢さんのお子さんかな?可愛いなあ。」としわくちゃな笑みで問いかけてくる祖父とは対照的に私は涙を流すしかできず

「この子はじいちゃんの曾孫だよ」「私はじいちゃんの孫だよ」と伝えるも祖父はそれから4年経った今でも大人になった私と息子の存在を把握していない。

私は子供の頃からじいちゃん子で、祖父の吸うタバコの匂いや祖父と歩く散歩道、祖父が吹くクラシックの口笛が大好きだった

日曜大工が趣味だった祖父が私にプレゼントをしてくれたヨーロピアン風の姿見はいまでもリビングのメイン家具としてインテリアを彩っている。

認知症が発覚して10年余で祖父の記憶から徐々に消えていく二人の思い出に私はひどく葛藤した

「自分」という存在が好きな人の記憶から無くなって行くことの悲しさに何度も涙を流したが
一番辛いのは祖父だと言い聞かせ
一番怖いのもまた祖父なんだと言い聞かせ

そんな時たまたまテレビでやっていたジブリの千と千尋の神隠しのあるセリフに私は心を救われることになる

「一度あったことは忘れないものさ。思い出せないだけで」

この言葉は物語の終盤、湯婆婆の姉の銭婆が千尋に向けて発した言葉である。

何度も見ている映画のはずなのに私はこのセリフに強く心を打たれて今でもそのセリフは自分の中のお守りとなっている。

祖父は私との記憶を忘れたわけではない
思い出せないだけなんだ
思い出せない記憶は私が覚えていればそれでいいんだ。

この作品のこの言葉に出会わなければ未だ祖父との記憶に一喜一憂し、やるせない気持ちになっていたかもしれない。

祖父は現在グループホームで暮らしている。
コロナ禍で会える回数も減ってしまった中、祖父と顔を合わせられるのは2ヶ月に1回の面会のみ

祖父から見た私はグループホームの職員で、息子は遊びに来た職員の子供だと思っている。

祖父の中で「他人」となってしまった私達の会話はどこかよそよそしい。

しかし祖父が話す昔話の中にはたまに幼い頃の私が登場する。

それでいい。それだけでいい。

今目の前にいる私は他人でも
祖父の中には私がきっといる
いつかその存在がなくなってしまっても
私はこれからも祖父との記憶を大切に
思い出せない分は私がちゃんと覚えている

それだけでいいのだ。と自分に言い聞かせ
今日も祖父のクラシックの口笛を聞きにグループホームに足を運ぶ。

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