無限大のりまき
韓国の人のブイログを見るのが好きだ。
たんにわたしが韓国オタクだからというのもある。でも、それ以上に、その方たちの日常に登場するご飯が、なんともおいしそうだからなのだ。チゲ、チヂミ、冷麺、サムギョプサル、ピビンパ、トッポッキ……それからキンパ。
わたしの見たところ、献立に迷うと、彼女らはキンパを作る。中身はその時で色々変わる。冷蔵庫の中身を自由に組み合わせて気楽に作る様子がなんだか印象的だった。
巻きすも使わない。(もちろん使う人もいるけれど。)のりにご飯をしいて、具を乗せて、えいやっと巻いて、ぎゅうぎゅう押したらできあがり。はみ出ても気にしない、包丁で切り分けて、端っこは味見で食べちゃう。巻き寿司というと、さあ今日はやるぞ!と気合いを入れて作るもんだというイメージを持っていたわたしの目から、ぽろっとうろこが落ちた。なんかいいなあ、なんかゆるくて、楽しそうだなあ。
さっそく、作ってみることにした。このためにわざわざスーパーで板のりを買ってきて、(思ったより高い!)まずは定番の具沢山キンパ。
じゃん。なかなか上手くできた気がする。厚焼き卵を作って、ほうれん草はナムルにして、にんじんは炒めて、お肉は甘辛く味付けした。おまけにたくあん。
ボリュームも具とご飯とのバランスも良くてとってもおいしい。とってもおいしいけれど、具を一つ一つ準備しないといけないので、正直手間はかかる。人のためだったから頑張ったけど、自分一人が食べるならもっと適当でいいなあ。毎回これを作るのは、ちょっと大変そう。
それから、わたしののりまきの旅は始まった。キンパは、正確にはキムパプと書くのだが、キムは海苔、パプはご飯のことである。要するにのりまきである。のりで巻いてあれば、なんでものりまき、なのである。
大判の板のりは、一袋に7枚くらいは入っているので、使い切るにはしばらくのりまきを食べ続けないといけない。もっと簡単に、もっと自由に。韓国ブイロガーの食卓を参考に、色々試してみることにした。
最初にやってみたのは、エビフライのりまき。職場に持っていくお弁当用にしようと思って、前日に冷凍のエビフライを2本揚げておいた。朝、寝ぼけ眼で冷凍ご飯をチンして、のりにオンして、レタスをわさっと乗っけて、ソースをかけたエビフライをそっと寝かせる。あとは巻くだけ。切り分けてお弁当箱に入れたら終わり。あれ、思ってたよりずっと簡単。
お昼になって、エビフライのりまきにマヨネーズをつけて、(これがまた合うのだ)ご満悦で食べていたら、隣の席のスタッフがわたしのお弁当箱をのぞきこんできた。「あん子さん、のりまきですか?朝そんなの作ってきたの?すごい!」「え、そうですか?冷凍エビフライ巻いただけなんですけど……えへへ」
味しめた。簡単なのに、褒められる。手がかかってる風に見えるけど、実際、わたしの体感としては、普段通りご飯とおかずのお弁当を詰めるよりもラクに感じた。しかもおいしい。そして楽しい。楽で、楽しいなんて最高だ。これはほんとうなので、よかったら試してみてほしい。
そういうわけで、次なるのりまきへ。あともう一声、楽したいなー、というどこまでもズボラなわたしの目に飛び込んできたのは、缶詰のいわしだった。味噌と醤油とあるけれど、わたしが選んだのは醤油味。一緒に巻くのはレタスではなく、ちょっと和風を意識して、大葉にしてみる。
切り分けた上から胡麻を振りかけたら、それっぽくなってテンションが上がった。今度は食べる時、たくあんを付け合わせにしてみた。これが最高においしかった。いわしに味がついているので、食べるときに何もつけなくていいし、大葉の爽やかな香りが程よいアクセントになっている。たくあんの食感もベストマッチ。朝5分で作ったとは思えない満足度だ。
まだまだのりがある。こんなのもやった。ソーセージとたまごとたくあん。冷蔵庫がすっからかんで、苦し紛れに生み出した貧乏人ののりまきだ。なんとなく味が物足りなくて、試しにケチャップをつけてみた。たくあんにケチャップ、と考えるとちょっと気持ち悪いけど、ソーセージと卵には合うから意外と悪くはない。人には出せない、自分のためだから許せるスナック感覚ののりまきになった。
だんだんわかってきた。のりで巻いてはいけない具材というのは、そんなにない。工作するみたいに自由に、気まぐれに、試してみたっていいのだ。ご飯にごま油や塩を混ぜるもよし、酢飯にするもよし、めんどくさければ味付けしないのもあり。中身だってたくさん入れないといけない決まりはない。冷蔵庫の余り物をくるくる巻いてみよう。のりまきは無限大だ。組み合わせの数だけ、自分だけの味の世界が広がる。
そんなことを書いていたら思い出したのだけど、小さい頃、母がよくのりまきを作っていた時期があった。わたしは食が細くて、なかなか自分からご飯を食べない子だったので、母はなんとかしてわたしにご飯を食べさせようと試行錯誤してくれていた。そうして生まれたのがお母さん特製の細巻きで、ご飯ものりで巻いてあげると、不思議と一本ぺろりと食べたのだとか。
変わった中身ではなく、いつも同じだった。細く切ったきゅうり、ツナ、そしてマヨネーズ。ツナマヨではなく、ツナと絞ったマヨネーズ、なのが母流だった。それを一本一本、竹の巻きすで丁寧に巻いていた。人差し指で上から押さえて四角くぎゅっぎゅっとするんだよ、と教わった。時間が経つと、四角いのりまきが綺麗なまんまるに落ち着くのが不思議だった。
痩せっぽちで小食なわたしのための、ささやかな一手間。ご飯をのりで巻く、ということには、日常の小さな温もりや愛がこめられている。それからちょっとしたワクワクも。同じご飯つぶなのに、巻いてあるだけでほんの少し、嬉しい気持ちになったり、食欲がわいたりする。ご飯と一緒に、ごきげんな想像もくるくる巻いているからかもしれない。
さ、あなたものりまきの旅に出てみませんか?難しく考えなくても大丈夫、誰もケチなんてつけないから。のりまきの世界にルールはない。毎日の暮らしに素朴な顔でなじんでくれる個性豊かなのりまきは、みんなのソウルフードになるはずだ。
わたしも明日はのりまきかなあ。使いかけの板のり、まだまだあったはず。冷蔵庫の中身、何があったっけ?なんて頭の片隅で必死に考えるようなありきたりな日常が、ちょっぴり愛おしかったりする。
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