『あい染』習作②リライト

『あい染』習作②リライト

スーツの袖をまくり、唐沢博彦は両手を後ろ手に組んだ。父の代から続く眼鏡屋の跡を継いだのが、7年前か。店を継いだ翌年に発生した世界的な経済ショックは、小さな眼鏡屋の経営には波及しなかった。今度もそんな風に、という考えは許されないのか、こめかみを挟んで重い眼鏡を、私は洗浄機に放り込んだ。
気泡が浮いてくるのを眺めるのが好きだ。これを見ると、ドクターフィッシュを思い出す。ぬるくした足湯に、小魚が寄ってきて、足先をついばむ。角質が食べられることで艶が出ると言ったのは、彼女だ。
名前は智子。父の店を継ぐ前、眼鏡商社で働いていたころから付き合っている。
「ちょっと旅行いこうよ」
と言われて休みを取り、草津にある奇妙なテーマパークへ行った。いざ足を、となるや彼女は、
「意外とエグイね」
と通り過ぎてしまった。意固地になった私は、彼女がどこかへ行くのを放って、お金を払ったのだった。
それが事のはじまりだったような気がしてきて、眼鏡を取り出して拭いた。一滴も残さないつもりだったが、かけてみると視界の端がにじんだ。
もう一度眼鏡をかけると、そこには智子が立っていた。しかもどこかイライラしている様子だった。僕のことをうじうじしていると揶揄したいのかもしれない。
「ちょっと出かけてくるから」
「いやいやいや！それはだめ！」
智子は依然、ふくれっ面に、なにか言いたげにしているが、それだけは許されなかった。
「それは、だめ。見られちゃうじゃん」
　何も聞かなかったかのように靴を履こうとするから、
「ちょっと、見えてるし、ねえ聞いてるの」
唐沢は、ドアの前で彼女を通せんぼした。上目づかいに行く気をみせる智子に、
「一緒に行こう、それならいいね」
智子の髪はストレートにふわふわしていて、唇がピンク色につやつやしていた。
「さっさと準備して」