鹿嶌アンジー

いろいろなレビューをします。毎日書きます。オリジナルも書きます。

鹿嶌アンジー

いろいろなレビューをします。毎日書きます。オリジナルも書きます。

マガジン

最近の記事

竜とそばかすの姫 レビュー

竜とそばかすの姫 物語か作品か。私たち観客は無意識のうちに、いや当然のこととして、すべて映画に「物語」を求めている。なぜなら「映画とは物語を映す装置だからだ」と。しかし映画とは「物語」のための装置だったのか? 映画は、ラ・シオタ駅(客席)に汽車が突っ込んでくる「ショー」から始まった。『パサージュ論』のウォルターベンヤミンによれば、技術の黎明期には、活用者が技術の最適なモチーフを知らぬが故に、前時代的なデザインをベースにそれを使用するのだという。 この時代の建築家たちは、鉄

    • 『あい染』習作②リライト

      『あい染』習作②リライト スーツの袖をまくり、唐沢博彦は両手を後ろ手に組んだ。父の代から続く眼鏡屋の跡を継いだのが、7年前か。店を継いだ翌年に発生した世界的な経済ショックは、小さな眼鏡屋の経営には波及しなかった。今度もそんな風に、という考えは許されないのか、こめかみを挟んで重い眼鏡を、私は洗浄機に放り込んだ。 気泡が浮いてくるのを眺めるのが好きだ。これを見ると、ドクターフィッシュを思い出す。ぬるくした足湯に、小魚が寄ってきて、足先をついばむ。角質が食べられることで艶が出ると

      • 『狐井』習作③

        『狐井』習作③ 「きっと大ごとだろうね」 美海は高校三年生、ほとんどの生徒がNZやL.A.を選択するなか、彼女は奈良京都を選んだ。一クラスにも満たない参加者たちは、どこか物憂げな子が多かった。美海だけが、溌溂と輝いていたと思う。 「どうもいいの、どうせチェックなんてないんだからさ」 二十人強の参加者に対して、添乗員は一人、引率の教師も旅行気分の様子だった。班ごとの自由時間は五グループに分かれ、奈良公園付近を自由に散策した後、京都駅前の旅館銀閣で集合する予定だった。ところが一

        • 『あい染』習作②

          『あい染』習作② 何度やっても変わらなかった。わかっていなかったわけじゃない。工夫だってしてきたつもりだ。徹夜続きの努力もいとわなかった。通せなかった義理に心を痛めたこともある。それでも、足が出てしまう。 スーツの袖をまくり、唐沢博彦は両手を頭の後ろで組んだ。父の代から続く眼鏡屋の跡を継いだのが7年前になる。その翌年に発生した世界的なマネーショックは、小さな眼鏡屋の経営には波及しなかった。今度もそんな風に。という考えは至らないものなのだろうか、こめかみを挟んで重い眼鏡を、私

        マガジン

        • すごいやつ
          0本

        記事

          『新鮮』習作①

          『新鮮』習作①  妻が帰宅した。静かに、ゆっくり。寝かしつけた息子をのぞいて、  「すぐに作るね」  と髪を縛り、台所で動き出した。買い物袋に、小ぶりのキャベツを下げていた。  しばらくたった頃、暖かい調理場から妻の悲鳴が聞こえた。  キャベツのなかに芋虫がいたのだ。芋虫は間抜けな顔でキャベツから顔をのぞかせていた。妻は包丁を持ってあたふたとしていた。切り殺せば再び使えぬ包丁、姿を見れば憎悪に目を背けるといった具合だった。因縁の仇か。  母親に驚いた息子が泣き出した。泣き出

          『新鮮』習作①

          『雑記』①

           「これは何を描きたかったの?」  は、重く突き刺さる言葉だ。ところが美学研究家の松下哲也氏は、その問いが「コンセプト」や「企画」を対象にしていると述べた。なぜこの構図を選んだのか。なにをコンセプトにしているのか。モチーフは。誰に、何を訴求するのか。氏に従えば、こうした問いに換言されるという。  一方で次のような言葉もある。  「なぜ描きたいのか」  リルケ。カズオイシグロも来日公演のなかで言っていたのを覚えている。描けるようになりたいから描く。好きだから。もっと深く読めるよ

          『孤独の印』オリジナル⑦

          ヤバルの行かなかった方へ行けばたくさんの枝が見つかるに違いないと思ったのです。足の裏に音をたてる、細かい枝や落ち葉が、子気味良くユバルの中に流れてきました。  山の奥へ、山の奥へと分け入っていくと、陽の光が柔らかく差し込む草原がぽつりと、山の中に浮かんで開けました。その先には竹林がありました。竹は互いにとても近くに生えていたので、なかに入っていくことが出来ません。竹林に沿って歩いていくと、山を下る道に出ました。草原を照らす光は、道の先も照らしています。  ユバルの身体に日差し

          『孤独の印』オリジナル⑦

          『孤独の印』オリジナル⑥

           来る日も来る日も、二人は互いを喜びました。  ある春の日、チラは双子を産みました。ヤバルとユバルです。  ヤバルはメレクと一緒に山に行くのが好きでした。大きな木を二人掛かりで切り倒しては、両肩に担いで帰ってくるのです。チラはそんなヤバルを心から喜びました。豊かさをもたらす子だったのです。そしてヤバルには特別な力がありました。それは動物と友達になる力です。ヤバルが山に入ると、時々、動物と一緒に帰ってきました。カラスや鳩などの鳥達。四本足で歩く鹿やイノシシ。木の上で暮らす猿も大

          『孤独の印』オリジナル⑥

          『孤独の印』オリジナル⑤

          「そろそろ寝る支度をしましょうね」  レメクは喜んで、一緒に布団を敷きました。レメクは部屋の隅から両手一杯に藁をかき出してくると、チラの敷いた薄い布団の上に、ドサッと置きました。  月光に埃が雪のように舞い踊りました。  藁の下から黒い虫がカサカサと這い出て来ましたが、二人は気になりませんでした。虫は出入口の前で、一瞬止まったかとおもうと、固い殻の内側から透明な羽を広げました。羽は月の光に、宝石のように輝いて、外へ飛んでいきました……。  ……翌朝、チラが目覚めると彼はいなく

          『孤独の印』オリジナル⑤

          『孤独の印』オリジナル④

          その晩の食事はとても豪勢なものでした。炉端の部屋を、満月が柔らかく照らします。囲炉裏に揺れる火が、二人の顔に影を落とします。レメクの取ってきた幼虫は、大きいものと小さいものに分けられました。大きなものは囲炉裏で直火焼きにしました。小さな幼虫は刻んだ生姜と一緒にお吸い物にして頂きました。 大きな虫の直火焼き。 鼻を駆け上る炭火の薫り、サクサクの食感、モチモチした歯ごたえは、まるで天国の食卓の先触れのようです。一匹は丸かじりで、二匹目は二口で。三匹目は半生で食べたりしました。トロ

          『孤独の印』オリジナル④

          『孤独の印』オリジナル③

           オレンジ色の、川のせせらぎに、呼び声が聞こえます。  「レメクさん、レメクさん、こっちですよ」  チラの声です。レメクは喜んで顔を上げると、西日に照らされた笑顔を見つけました。橙色の暑い光はチラのシワの一本一本を、無慈悲に浮かび上がらせましたけれど、かえってそれが彼女の、命の力強さを伝えるようで、レメクは深く感動しました。レメクは心を込めて、  「チラ」  彼女の名前を呼びました。  「レメクさん、レメクさん、見て下さい。今日は素晴らしいものを見つけたんですよ」  まるで子

          『孤独の印』オリジナル③

          『孤独の印』オリジナル②

           第一章 黄味―きみ― ②  その頃レメクは、山の中で薪を探していました。昼間なのに暗く肌寒い濃い森の、むせ返るような香り。風がそよいで、木々の枝葉を揺らすと、光が差し込みます。光のカーテンに一瞬、レメクは自分の腕よりも少し太いくらいの、細く伸びた木を見つけました。根元に鋭く、腕を振り下ろすと、鉈は木に挟まります。  刃が取っ手から抜けてしまいそうだ。  切り込んではグラグラと、切り込んではグラグラと。挟まった根元から鉈を引き抜くたびに、心配になりました。何度か切り込みを入

          『孤独の印』オリジナル②

          『孤独の印』オリジナル①

          第一章  黄味―きみ―  昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんの名前はレメク、おばあさんの名前はチラといいました。二人の住む家は山の向こうのそのまた向こう、都会を遠く離れた、「忘れられた谷」に住んでいました。そこは「鬼」に支配され、だれも寄り付かない世界でした。鬼は、山あいの向こうの海に浮かぶ「鬼ヶ島」に住んでいました。  レメクとチラの家は、それは大変貧しい装いでした。藁葺きの屋根は、尾根から吹き下ろされる鬼風のせいで、何度覆っても飛ばされ

          『孤独の印』オリジナル①

          『幸福な王子』 レビュー②

          Oscar Wilde, The Happy Prince レビュー② 越冬つばめが黄金色に光る王子の巨像の肩にとまった。その像には生前の、王子の魂が宿っていた。 “Will you not stay with me for one night, and be my messenger?” つばめは王子の願いを聞き入れる。一晩は二晩へと増えていく。つばめは、剣の束に埋め込まれたルビー、両目のサファイア、そして全身に施された金箔のすべてを一軒一軒に届けて回る。黄金色の王

          『幸福な王子』 レビュー②

          『幸福な王子』レビュー①

          Oscar Wilde, The Happy Prince レビュー ダブリンが生んだ三大作家のひとり、オスカーワイルドの書いた児童向け小説、『幸福な王子』だ。 越冬つばめが黄金色に光る王子の巨像の肩にとまった。その像には生前の、王子の魂が宿っており、つばめは王子の願いを聞く。 “Will you not stay with me for one night, and be my messenger?” つばめは王子の願いを聞き入れる。一晩は二晩へと増えていく。つばめ

          『幸福な王子』レビュー①

          『ルカ福音書2章8節から』オリジナル

          『ルカ福音書2章8節から』 「困難と苦労のまわりに……」 会堂のベールをくぐる。 「栄光が輝いていたらどうなるか。羊飼いたちは、天使の栄光を見て恐れたと書いてあります。人間的な労苦の周りに、神に属するものが輝いていると、人は、畏怖を感じるのかもしれません」 出入口から近い長椅子の、誰もいないところへ座った。革製のブックカバーが焦げ茶色に使い込まれている聖書を、私は、セカンドバッグから取り出して開いた。 「人間は人知を超えたものを恐れます。何をされるかわからない!……先を見通

          『ルカ福音書2章8節から』オリジナル