『孤独の印』オリジナル①
第一章 黄味―きみ―
昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんの名前はレメク、おばあさんの名前はチラといいました。二人の住む家は山の向こうのそのまた向こう、都会を遠く離れた、「忘れられた谷」に住んでいました。そこは「鬼」に支配され、だれも寄り付かない世界でした。鬼は、山あいの向こうの海に浮かぶ「鬼ヶ島」に住んでいました。
レメクとチラの家は、それは大変貧しい装いでした。藁葺きの屋根は、尾根から吹き下ろされる鬼風のせいで、何度覆っても飛ばされてしまいます。土壁はところどころ風に崩れて、中の木組みが見えてしまっています。まるでネズミやムカデの通り道です。雨の日には微かに残った屋根と囲炉裏の端に集めた灯し火と、いつか来る救い主への祈りが二人を勇気づけました。
ある夏の盛り、レメクは山へ柴刈りに、チラは川へ洗濯に行きました。二人は日焼けと垢に浅黒く、髪は白く禿げ上がり、額には貧しさが刻んだ苦渋のシワを湛えて、どちらがどちらか、見分けがつきません。
レメクは穴の開いた網かごを背負い、手には刃のこぼれた一丁の鉈を持って山を目指します。鉈を持つ手は黒く節榑立っていて、青い血管の筋が浮き上がっています。チラは何枚かの下着を手桶に入れて、川の中腹を目指しました。
川沿いを草履で履くチラの足の裏に、たくさんの小さく丸い石が刺さって、なかなか進めません。真夏の日差しは石畳に照り返して、上からも下からも、容赦なくチラを照りつけました。シワに隠れたチラの目は、日差しの眩しさにもっと細くなっています。川の中程にある腰掛け岩のところまで来ると、チラは小唄を口ずさみながら、少ない洗濯物を、まるで宝物のように川に浸しました。
洗濯物を終えると、チラは腰掛け岩の上に立って背伸びをしました。小魚の一匹でもあればと思って見渡しても、魚の影はまったくありません。太陽の照り返す白い光が水面に揺れるばかりです。チラはもう一度伸びをすると、帰路につくことに決めました。ふと上流に目をやると、普段は見かけない大きな石の様なものが、ジグザクに流れてくるのが見えました。片方の川岸にぶつかってはもう一方の川岸にぶつかるといった具合です。
本当に石なのでしょうか。
それにしては、岸に跳ね返る軽さがありました。チラは真夏の日差しに輝いたソレを、はっきり見分けることが出来ませんでした……