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「あったること物語」 6   うまれかわり

うまれかわり


幼稚園へ通い出して、一年が過ぎようとするころです。

その頃から、母が 妙なことを口走るようになりました。

「安寿は、あたしのお母さんの生まれ変わり。」

目を細めてこちらを見るけれど、彼女は私を見ていません。誰かほかの人を探しているようです。

母は編み物や 裁縫が得意でした。

狭い茶の間に春の花畑のような彩りの縫い糸が散らばる。そんな、私と二人だけになる静かな時間に始まる、秘密のはなしなのでした。

「あたしが子供の頃、あんまり上手に浴衣を縫ったから、着物をほどいた古布じゃなくて、新品の反物で作らせてあげれば良かったって よく残念がっていたよね。」

母は、手元から目を上げずに 私にそう言います。

「お母さんのお母さんて、お盆やお正月に 車に乗ってみんなで会いに行く、あの、お祖母ちゃんのことやろ?」

私は 訳が分かりません。

すると 母は私を、きっと見据えて言いました。

「あれは生みの母親。育ててくれた人が、本当のお母さん。あんたが生まれる少し前に亡くなったの。」

私が大人になって分かったことですが、うちの母は生まれてすぐ、実父の姉、つまり 伯母さんにあたる人に 養女として もらわれていたようです。

母の生家では男の子も女の子も既に生まれており、母は 次女だったのでした。

男の子ばかりで女の子が生まれない伯母は、赤ちゃんが生まれる前から弟夫婦にお願いしていたのだそうです。

「どの子供より大事に育てるから、もし、生まれた子供が女の子だったら、ぜひぜひ、うちにちょうだい。」

そして、生まれてきたのは母。 女の赤ちゃんでした。

「産みの親のくせに、生まれたばかりの我が子を 犬の子のように さっさとくれてやるなんて、あたしだったら絶対に出来ない。」

母は、聞いたことも無いような低い声で  うなります。

「貧乏で育てられないならまだしも、豊かな家だったのに……、あたしなら、絶対しない。あの、産みの母親が憎い。」

そう吐き捨てると、今度は手を止めて、えも言われぬ 甘えた表情で こちらを見つめるのです。

「お母さんもお金持ちだったから、どの兄弟よりも いいお道具を揃えて、お洋服や お着物を着せてくれたわね。お菓子もご馳走も、あたしだけ特別だったわね。お母さんは 褒め上手だったから、雇っていた女中さんよりも、あたしのほうが上手にご飯を炊くって、褒めてくれたよね。」

育ての母を恋しがって話しかけてくる母を、私は静かに見つめ返していました。

母は手仕事に戻ります。

母は私の中に、育ての親である 恋しい伯母の姿を探していたのでした。

伯母も伯母で、養女の母を毎夜 こんな子守唄で寝かしつけていたようです。

『今は、育ての親やけど、あたしとあんたは前世では、実の母子やったとよ。きっと、そうよ。』

育ての親に甘やかされて 蜜をもらうようにして育てられた彼女。

大人になっても癒やせない 心淋しい思いを、幼い私に打ち明けて晴らしていたのでしょう。

そんな母の甘えた期待に応えられず、後ろめたいのですが、私は、母の切望する人物の生まれ変わりではありません。

なぜなら 私がお腹の中にいる間、母の育ての親はまだ生きていたからです。

会うことは叶いませんでしたが、このうつつの世界で、私の魂も育ての親の魂も すでに重なって息をしていたのです。

生まれ変わろうにも、生まれ変われません。

この秘密の思い出話は、当時 幼かった私にとって、怖い話として記憶に刻まれるはずだったのでしょう。

母は、変な思い込みを口走るおかしな人だと。

しかし、そうはなりませんでした。

今でも不思議なのですが、幼稚園児の私が、大人のように冷静に母の心情を見つめていたのです、こう思いながら。


「ごめんなさいね。乳母に任せっきりで 前の世でも、私はあなたを自分では育てなかったのよ。___________ 我が娘よ。」 


©︎2023.Anju


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