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説教教:Anizine

冬の冷たく澄んだ空気を感じながら、アクアスキュータムのコートの襟を立てて早朝の渋谷センター街を歩く。早くから仕事に出かける人がいれば、昨夜からのアルコールで湿った時間を引きずって歩く若者たちも同じ場所にいる。そしてすれ違う。美しい自然の中だけではなく、都会にも同じだけの分量の輝きがあることを忘れてはならない。輝きとは「祈り」である。ガードの頭上には冷たいレールの上を山手線が金属音を響かせながら走るのが聞こえ、足元には道路に散らばる酔っ払いのゲロをついばむ鳩が見える。ホロッホーとか言いながら。いや、街にいる鳩はあまり鳴かないのかな。興味がないからパーソナルコンピュータの閲覧ソフトでは調べないけど。彼らはホーホーとかホロッホー程度のボキャブラリーの少ないコミュニケーションをしながらどんなことを考え、伝え合っているのだろうか。おそらく何も考えていないし、伝えてもいないのだろう。

「お前は何を考えているんだ」と上司に怒られている部下がよくいるが、そこにはジンベエザメくらい大きな論理矛盾がゆらゆらと漂っている。若き部下というのは何も考えていないから失敗するのだ。間違った考え、上司とは方向の違う動きをした前向きな失敗などはほとんど存在せず、考えていないことで起きる失敗が9割。だから「お前はなぜ何も考えないんだ」と説教してあげるほうが正しい。昨日は「お前、二度と勝手な真似をするなよ」と言っている人を見た。まるで古い映画の台詞の言い方で。交差点の真ん中で周囲に聞こえるような声で若者に説教をする男は何がしたいのだろう。ただただ、自分は説教ができる立場なのだと演じてみせ、アピールしたいのだ。

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Anizine

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写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。