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あなたに語る資格があるか:Anizine(無料記事)

小学生の頃、友人たちと放課後の校庭でサッカーをしていました。グラウンドの横には観客席のように立派な作りのスタンドがあったのですが、そこにふたりの教師が座ってぼんやりと眺めていました。

一人の生徒がゴールを決めると、ニヤニヤしてゲームを見ていた教師が

「おい、キーパー、ちゃんと守れよ」

と声をかけました。するとその6年生のゴールキーパーはゆっくりとスタンドに近づいていき、

「先生。質問なんですけど、サッカーの経験はありますか」

と聞きました。

「お前、何言ってんの。そんなのどうでもいいだろう」
「もしサッカーの経験がないんだったら言わないでもらえますか」

グランドに散らばっている私たちは静かに成り行きを見つめます。その教師は、当時の学校では珍しくなかった「体罰」で知られていたからです。体罰教師はスタンドから勢いよく飛び降りてゴールキーパーの目の前に立ちました。キーパーは165cmくらいありましたから、大人と子どもというほどの身長差はなく、その態度も対等であるという意志を感じさせました。

「なあ、もう一回言ってみな」
「先生はサッカーの経験があるのか聞いてます。ないのなら黙って見ていてください」

言い終わるのと同時に、教師はキーパーにビンタを食らわせました。

「生意気なこと言ってんじゃねえぞ、ガキが」

もう一人の教師が慌てて間に入り、体罰教師の腕をつかんで職員室の方へ歩いて行きました。私たちはキーパーを囲んで「大丈夫か」と聞きましたが、彼は毅然とした態度で「なんともないよ。あいつはサッカーのことを知らずに言ってるだけだから、無視すればいい」と言いました。さらに、「もしあいつがプレミアリーグで活躍した選手なら、俺は反抗しないと思う。俺が知らないことを知っているはずだから」と言ってゴールの方へ戻って行きました。

つい最近、忘れていたこの記憶が甦りました。今、ネットで語っている人々の多くは、あの体罰教師と同じだなと思ったのです。

料理のレシピを紹介するYouTube動画を見ていたのですが、若い女性の料理人が魚をおろすところからできあがるまで、手際のいい調理の過程を動画に収めていました。しかしそこについたコメントは惨憺たるものでした。

「料理をするのに長い髪はやめておけ」
「色のついたネイルをした料理人が作ったものなんか食えるか」
「なぜそんな種類の包丁を使うのか。素人なのか」
「食べなくてもこれがマズいとわかる」

ネットは「悪口を言う娯楽の場」に成り下がってしまいました。それによって自ら命を絶つ人があらわれても同じことが延々と繰り返されます。

誇張ではありません。見たことがない人は、そういった動画をいくつか見てみてください。ほぼ全部のコメント欄に「体罰教師」が発見できますから。そしてあのキーパーが言った「あなたはサッカーの経験があるんですか」と同じことを彼らに聞いてみたくなります。

「ネットは巨大な人体実験場である」ということは皆わかっていると思いますが、ひとつだけ不思議なのは、被験者の存在である自分を「分析する博士側だ」と誤解している人がいることなのです。


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写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。