サントリーニ島での事件:写真の部屋
数年前にロケでギリシャのサントリーニ島に行った。初めてだったのだが、リゾートとして人気がある場所なので「いかにも観光地」なのではないかという先入観を持っていた。しかし、どんなところにも行ってみないと本当の姿は見えてこないものだ。いくら地図やテレビを見て想像していても何もわからない。
アテネに着いてモデルのオーディションをする。日本での書類選考で目星をつけていた人たちが集まってくれたが、いい人が見つかって安心した。アテネのホテルからパルテノンが見えるかもしれないと思って窓を開けると、それは拍子抜けするほど真正面にドーンと鎮座していた。翌日サントリーニ島に向かう船の中で旅の気分が盛り上がってくる。
アテネから出発した船は次々と小さな島を巡っていく。このあたりにやってくるヨーロッパの観光客はいくつかの島を移動しながら滞在するという。アイランド・ホッピングというやつだ。船の甲板で少し話したカップルは予定も決めず、数日して飽きてきたら次の島に行くのだと教えてくれた。彼らはサントリーニの手前のミコノスで先に降りた。
サントリーニの食事はヨーロッパにしては珍しく、イタリアンが美味しかった。「いかにもな観光地ではないか」という想像には、食事が高くて美味しくないだろうという不安を含んでいた。しかしギリシャの旅が終わるまで一度も美味しくないモノが出てくることはなかった。ちなみにイタリアを除くヨーロッパ各地で美味しくないパスタを食べた経験がある人は多いだろう。だいたい小学校の給食で出てきた『ソフト麺』のようにビロビロに茹ですぎなのだ。どうして近所のヨーロッパなのにイタリア料理は美味しくならないのかを聞いてみると、どこの国の人も茹ですぎた麺が好きだからだと答える。
あの「茹ですぎ太郎」は、イタリアのアルデンテを再現できていないのではなく、単にビロビロのスタイルが好みだということらしい。それなのにパリなどではキッチリとコシのある讃岐うどんがアホかというほど流行っている。あのコシがわかるのならパスタくらいちゃんと作れよ、と我々からすると思ってしまう。それと比較すると日本のイタリアンは相当レベルが高い。日本人はマニアックで研究熱心で真似が巧いからだろう。それはどうでもいいのだが、美しい夕陽を眺めながら食べるサントリーニの料理には本当に感心した。
広場にアクセサリーや化粧品などを売る店が出ていた。そこで明らかに普通ではないオーラをまき散らしながら通り過ぎる女性がいて、二度見をした。彼女はどうやらそこにあるアクセサリー店のデザイナーかオーナーのようで、耳につけていた大きめのイヤリングと同じものが彼女の店先に並んでいた。
たいして興味もないのにアクセサリーを眺めていると、持っていたカメラに気づかれた。「あなたはフォトグラファーか」と聞かれたので、東京から来たフォトグラファーだと答える。彼女に写真を撮ってもいいかとたずねてみると、返事はせずに壁の前に立った。広場に来てこちらを見たときから「撮られるんじゃないかと思っていた」と言う。時々だけど、こちらが撮りたいと思っているのを先にわかっている人がいる。
そういうときはあまり言葉もいらず、黙って目を見て撮る。数枚撮ってから握手をして別れる。こういうのがいい。
食事に行く集合時間を過ぎていたらしく、スタッフが探しに来た。「何をしていたんですか」と聞かれたが、「まあね」とだけ答える。その夜も美味しい食事をしてエーゲ海の夕陽を見て、あとはホテルでのんびり寝るだけだと思ったのだが、我々が絶句する事件が起きた。それが「サントリーニ・フリー・パーキング事件」だ。
多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。