a16zの記事「アニメが世界を喰らう」をじっくり読み解いてみた
2024年9月26日、世界最強と呼ばれるベンチャーキャピタル「a16z」が「Anime is Eating the World」という題名の記事を投稿しました。
それに続いて、NewsPicksがアニメ業界についてのちょっとした連載を開始するようです。
世界最強のベンチャーキャピタルが「日本のアニメは可能性大アリ!」と言っているのですから、アニメ好きの方からしたら、なんだか嬉しくなってしまいます。
Anime is Eating the World……
「アニメが世界を喰らう」と言い放ったa16zは、日本アニメのどのような部分に可能性を感じたのでしょうか?
そこで今回は、英語が原文の「Anime is Eating the World」を日本語に翻訳しながら、a16zが日本のアニメにどのようなポテンシャルを感じたのかを、じっくり紐解いていきます。
そもそもa16zとは?
a16zは「Andreessen Horowitz(アンドリーセン・ホロウィッツ)」の略称です。頭文字の”A”から末尾の”Z”までに16文字あることから、a16zという略称を名付けたようです。
a16zは、マーク・アンドリーセンとベン・ホロウィッツによって創業されたベンチャーキャピタルです。
2009年に設立されてから、Meta(旧:Facebook)、Slack、Airbnb、Githubなどの名だたる企業への投資実績を有しています。
a16zが「世界最強のベンチャーキャピタル」と言われる所以はシンプルで、「a16zが投資した企業は、必ず成功する」と言われているためです。
a16zが優れているところは、主に2つあります。
1つめは、販売やマーケティングなど、投資”後”の支援が強力なことです。従来のベンチャーキャピタルは、資金力がものを言っていましたが、a16zは経営に必要な人材を提供することで、差別化しています。
2つめは、産業のメガトレンドを見極める力があることです。少なくとも、この10年でa16zは成功しています。
それに加えて、a16zは積極的に情報発信することでも有名です。今回の「Anime is Eating the World」のように、今後伸びるであろう領域を、遠慮なしで情報発信します。
「アニメが世界を喰らう」の元ネタ
「アニメが世界を喰らう」は、実は元ネタがあります。
2011年にマーク・アンドリーセンが投稿した「Why Software Is Eating the World」です。
アンドリーセンはこの記事で「あらゆる産業がソフトウェア企業に置き換わり、ソフトウェアを使いこなせない企業は淘汰されていく」を指摘。今となってはほとんど現実になっています。
この記事は、シリコンバレーだけでなく世界中の経営者・エンジニアに大きな影響を与えましたが、これを元ネタにしたのが「Anime is Eating the World」なのです。
Anime is Eating the World
ここからは「Anime is Eating the World」を読み解いていきます。
Anime Market Map
a16zが最も強調しているのは「アニメが受動的なものから対話的なものに進化している」という点です。
そして、この進化には「AIコンパニオン」「UGCプラットフォーム」「AI技術によるアニメ制作の民主化」「VTubing」の4つの軸があると指摘しています。
元々、a16zはインターネット黎明期に活躍していたマーク・アンドリーセンとベン・ホロウィッツによって創業されたベンチャーキャピタルです。
当時、インターネット業界では「Web2.0」というワードが流行っていました。
「Web1.0」は情報の流れが一方通行なWebの時代です。インターネット黎明期では、メールで対話することは可能であったものの、基本的にインターネット上では、Webサイトから一方通行的に情報が伝達されていました。
2000年代中盤からは「Web2.0」が登場します。「Web2.0」は情報の流れが双方向的なWebの時代で、その代表例がSNSです。SNSの登場により、私たちはインターネットを通じて世界中の人々とやり取りできるようになりました。もうみなさんご存知ですが、SNSの登場は、世界を大きく変えています。
そしてこれと同じような流れが、アニメにも起きようとしているのではないか?
というのがa16zの指摘です。
A Quick History of Anime
この歴史解説は、細かいところを除けば、おおよそ間違っていないでしょう。
The Rise of AI Waifus / Husbandos(AIワイフ/ハズバンドの台頭)
ここは、米国のアニメ事情を理解したいのであれば、絶対に抑えておきたいポイントです。
日本では「推し」とか「俺の嫁」と呼ばれているものは、英語圏では「Waifus(ワイフ)」や「Husbandos(ハズバンド)」と呼ばれます。
Polygonの調査によれば、アニメ視聴者の44%が恋愛感情を抱いており、アニメファンは様々なイベントを通して、キャラクターへの深い愛着を持つようになるそうです。
キャラクターとの双方向的なやり取りは、ライトノベルから派生しているとa16zは指摘します。
大まかな流れは「ライトノベル→恋愛アドベンチャーゲーム→バーチャルアイドル→ガチャ→AIワイフ」です。
受動的な媒体であるアニメとは異なり、ライトノベルや恋愛アドベンチャーゲームは、自らが主人公になり切って、作品の世界観を楽しむことができます。特に恋愛アドベンチャーゲームは、ヒロインと2人きりで話しているような感覚に陥ります。
また、恋愛アドベンチャーゲームにRPG要素と課金要素を強くしたのが、ガチャゲームです。ガチャゲームも、基本的にはノベルゲームが根底にあるため、やはりキャラクターと恋愛しているような感覚に陥ります。
AIコンパニオンとは、人工知能を活用して会話機能やサポートを提供する「コンパニオン(仲間)」のことです。ChatGPTもAIコンパニオンの一種だと言えます。
そしてAIコンパニオンは、アニメとの相性が抜群で、その理由としてa16zは「キャラクターへの愛着やロマンスが、多くの優れたアニメ作品に既に組み込まれているから」と指摘しています。
確かに、ChatGPTのアイコンや口調が、自分の大好きなキャラになっただけで、相当な愛着を持てると思います。ChatGPTのアイコンや、Siriの音声が『俺ガイル』の由比ヶ浜結衣になったら最高です。
そしてa16zは、AIが進化するのに伴い、アニメキャラクターとの関係がより強化されることを指摘しています。
生成AIが進化すれば、テキスト以外にも、音声や映像でインタラクティブなやり取りが可能になるのは間違いありません。
具体的には、以下のようなことが可能になります。
リアルタイムでストーリーが変化するようになる
NPCの会話に生成AIが用いられ、実質無限大のパターンで会話できるようになる
サイドクエストがイベントが自動生成されるようになる
UGC Democratizes Creation for Anime Fans(UGCがアニメファンの創造を民主化する)
現在、世界中のティーンエンジャーでプレイされているのが『Roblox』です。
『Roblox』は、プレイヤー自らがゲーム制作できるメタバース空間のことで、上記の図のように、日間アクティブユーザー数は6,000万人を超えています。
また、生成AIの登場により、誰もが創造性を発揮できるようになりました。イラスト制作には『にじジャーニー』、ファンフィクションは『NovelAI』を使えば、それなりの作品を低価格かつスピーディーに制作できます。
このように、ユーザーによって生成されたコンテンツは「UGC」と呼ばれます。
今後、誰もが自分自身で作品やキャラクターを作れるようになるのは間違いありません。
実際にRobloxやMinecraftなどのUGCプラットフォームでは、超有名IPを元にしたゲーム空間が制作されています。
例えば『ONE PIECE』を元にした『Blox Fruits(通称:ブロフル)』は、2024年11月時点で訪問数が400億回を超える人気ぶりです。
これに対し、本家『ONE PIECE』もRobloxで新作ゲーム『ONE PIECE GRAND ARENA』を配信する予定となっています。
『ブロフル』のような「コピー作品」が人気を集める理由として、a16zは「アニメIPゲームの供給が不足している点」「アニメIPのライセンスが複雑で開発者にとって扱いづらい点」「特定IPの独占ライセンスを持っていること」を挙げています。
特に「アニメIPゲームの供給が不足している点」は重要な指摘です。アニメIPのライセンスが解放されていないため、ゲーム作品が多く誕生しないので、ファン自らがゲーム作品を作るようになっているのです。
これは従来であれば考えられないことですが、生成AIとUGCプラットフォームの登場が、ゲーム制作を容易なものにしたため、ファン自らがゲームを作れるようになったのです。
最近注目を集めた『Palworld』も、『ポケモン』が先に「ガンシューティングゲーム」を展開すべきだったと解釈できます。
UGCプラットフォームも生成AIとの相性が抜群です。
今後は、より多くの「ファン制作」が増えることは間違いありません。
そしてこれは、アニメ・ゲーム制作のオープンソース化を意味します。
従来では、アニメやゲームを制作するには、莫大な資金と相応の技術力が求められたため、アニメスタジオやゲーム制作会社が、半ば秘密主義的に制作していました。
しかしUGCプラットフォームと生成AIを活用すれば、世界中のファンが制作に参加することができるようになります。新しいアイデアをすぐに実装し、それに対して世界中のファンがレビューするようになるため、結果として高品質な作品が制作されるのです。
これは、ソフトウェア開発におけるオープンソースに非常に似たシステムです。ソフトウェア業界におけるオープンソースの絶大なインパクトを考えれば、UGCプラットフォーム×生成AIがコンテンツ業界に与える影響は、計り知れないものになるかもしれません。
そう考えると、日本に世界的なUGCプラットフォームが存在しないのは、案外マズイことなのかもしれません。Pixivは良い線をいっているとは思いますが、経済的なインパクトを考えれば、MinecraftやRobloxのような「ゲーム」のUGCプラットフォームが必要なのではないでしょうか?
Anime Game Studios Lead the Way (アニメゲームスタジオの先導)
『モンスト』や『ウマ娘』を始めとするアニメゲームは、ゲーム業界の中でも非常に収益性の高いモデルです。
アニメゲームスタジオの戦略は、主に2つあります。
まず1つめは有名IPのアニメゲーム化で、この動きは2010年代後半になってから目立つようになったと個人的に理解しています。2010年代後半は、「ゲームシステム」で差別化することは難しくなっているため、既に認知度のある有名IPが用いられるようになったのです。また、アニメゲームは事実上のノベルゲームで、アニメ制作に比べて制作コストが小さいのも、普及の要因として挙げられると思います。
そして2つめは、ゲームシステムの革新です。モバイルゲームが登場して間もない頃、『パズドラ』や『モンスト』は、スマートフォンならではのゲームシステムを構築することに成功しています。また、スマートフォンの高性能化と通信技術の進化により『原神』のような高精度グラフィックを用いたクロスプラットフォームゲームも誕生しました。
VTubing Blurs Human-Digital Interactions(人間とデジタルの相互作用を曖昧にするVTubing)
a16zもVTuberを非常に注目しているようです。
ここで私が興味深いと思ったのは「ファン自身が人気のアニメキャラクターになることを可能にしている」という点です。
日本においてVTuberビジネスが説明される際、ファンの興味がバーチャルに移っていることが語られますが、コスプレの文脈から語られることはありません。実のところ、VTuberの魅力とは、疑似恋愛を楽しむことだけでなく、自らが好きなキャラクターになれる点にあるのではないでしょうか?
VTuberの本質は、バーチャル・コスプレにあるのかもしれません。
現在、VTuberは絶賛急成長中で、カバー株式会社やANYCOLOR株式会社の業績も相当に伸びています。
Twitchでも、全体の視聴者数が横ばいの中で、VTubingの視聴数だけは伸びているようです。
また、個人的に興味深いと思ったのが「VTubingがApple FaceTimeのMemojisやSnapchatのフィルターのように一般的になる日が来る」というa16zの指摘です。日本ではApple Facetimeがほとんど普及していないため、3DCGをベースにした「ミー文字」を利用する人はおらず、LINEを始めとする漫画風のスタンプが一般的です。しかし米国の場合、3DCGのミー文字によるやり取りが一般的なので、VTubingがミー文字を代替する可能性があります。
Conclusion(まとめ)
ここまで読んでいただいてわかる通り、a16zはアニメに対して「インタラクティブ性が強化されること」に強く期待しているようです。たしかに、アニメ業界が新しい技術やビジネスモデルを受け入れるようになれば、よりインタラクティブなキャラクタービジネスを構築することが可能になるでしょう。
そうなってくると、当然のことながら、ソフトウェアの活用が必要不可欠になるのは間違いありません。結局は「Why Software Is Eating the World」で語られていた「ソフトウェアを使えない企業は淘汰される」という考えに行き着くわけです。
【編集後記】アニメ業界はソフトウェア業界と同じ運命を辿る?
a16zの記事「Why Software Is Eating the World」では、「あらゆる産業がソフトウェア企業に置き換わり、ソフトウェアを使いこなせない企業は淘汰されていく」ということが指摘され、それは既に現実になってきています。これはつまるところ「DX」ができるかどうかで、DXができない企業はAmazonやNetflixなどのソフトウェア企業に乗っ取られてしまうというわけです。
もしアニメ業界がソフトウェア業界と同じ運命を辿るとしたら、以下のような動きになることが考えられます。
スタートアップでのソフトウェア開発は、実装とテストを繰り返すアジャイル開発が基本。日本の大手SIerのように、開発工程を区切るウォーターフォール開発は採用されていない。なぜならアジャイル開発の方が、スピーディーに良質なソフトウェアを開発できるから。現在、アニメ制作及びゲーム制作は、ウォーターフォール型のワークフローが一般的だが、生成AIとUGCプラットフォームの活用で、アジャイルでの制作が可能になるかもしれない。今後は制作ワークフローのアジャイル化が、制作現場に破壊的な革命を起こす可能性がある。
Web1.0からWeb2.0の流れが、ソフトウェア業界だけでなく、世界のルールそのものを変えた。同じように、キャラクタービジネスのインタラクティブ性が強くなることで、多くのファンのライフスタイルが変化する可能性がある。これまでのキャラクタービジネスは一方通行が基本だったが、今後は生成AIなどのツールの活用で、リアルタイムなインタラクティブ性が求められるようになる。この場合、アニメ業界はソフトウェアの活用が必要不可欠になるのは間違いない。キャラクタービジネスの在り方を転換(DX)させられるかどうかが、勝負になる。
近年、ソフトウェアがソフトウェアを開発する「ソフトウェア2.0」というワードがIT業界で大流行している。現在、テスラの自動運転システムは「ソフトウェア2.0」で開発されており、従来に比べて何倍ものスピードでの開発が可能になってしまった。この「ソフトウェア2.0」では、ソフトウェアが自動的にソフトウェアを開発するため、人間の仕事は「データ集め」や「レビュー」だけになる。もし同じようなことがアニメ業界にも起こるのだとすれば、キャラクター自らが新しいキャラクターを作る時代になる。実際、イラスト系生成AIの動向を見るに、それは難しくないと考えられる。
ソフトウェア業界に関して、ここ30年で日本は完全に米中に遅れを取った。今後、アニメ業界でソフトウェアの活用は必要不可欠になるが、もし「キャラクタービジネスのインタラクティブ性強化」というビジネスを米中に支配された場合、日本側の損失は極めて大きいものになる可能性がある。現時点で、日本はカバーやANYCOLORが尽力しているが、今後は有名IPを保有する大手企業が、インタラクティブ性強化に努める必要がある。鍵は「AIコンパニオン」「UGCプラットフォーム」「AI技術によるアニメ制作の民主化」「VTubing」の4つにある。
こうしてa16zの記事を読んでいくと、ただ海外にアニメをプロモーションするだけでは足りないような気がします。a16zが投資する企業は、いずれも「イノベーション」を起こす可能性がある企業ばかりで、根本的な考え方が「イノベーション」にあるのでしょう。
現在、日本のアニメ業界の成長要因は「海外収入」に他なりません。そのため、多くのIP保有企業が海外へのプロモーションを実施していますが、それだけでなく、イノベーションを追求しなければ、あっという間にシリコンバレーに食い散らかされる可能性があります。
ANITABIでは、毎週月曜日に「アニメニュースまとめ」を投稿していますが、今後は可能な限り海外記事もキュレーションしていきたいと思います。
Written by 星島てる