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学年末のお楽しみ会が懐かしい。
タケさんの下手なお話にお立ち寄りくださって、ありがとうございます。ちょっと古臭くて恐縮です。
小学2年生から受け持ってくれた男性の先生は新任(新卒)で、僕たちのクラスが初めてということだった。
そして4年生までの3年間を受け持ってくれたのだが、クラスをとても仲良くまとめてくれた。
4年の学年末が近づく頃、誰かが言い出した”お別れ会”だったのか、あるいは先生が言い出した学年末の”演芸会”だったのかは残念ながら覚えていないのだが、4、5人位の各班に分かれて、歌や、手品(マジック)とか、ちょっとした隠し芸的なことをやった記憶が・・薄っすらと残っている。
蛇足ながら・・。5年から担任が女性の先生になったのだが、男子らはほぼ全員が子供のくせに「女かよ~」みたいな、何となくイヤだという雰囲気もあったのだが、すぐに慣れ、慕った。すごくいい先生だったから(所詮は子供だ)。
お菓子の買い出しは幹事の腕の見せ所
そして5年生の学年末、件の演芸会もどきを継承しようということになり、「お楽しみ会」を開催することになった。
20円だったのか30円だったのかお小遣いで会費を集め、男女それぞれの幹事を決めて、前日に学校から数分のお菓子やさんに買い出しに行った。
ガラスケースには様々なお菓子が並んでいる。ほとんどが「はかり売り」だ。当時は尺貫法がまだ日常的に使われていたので、お菓子の量り売りでは匁(もんめ)単位で購入することになる。
それで、お店のおばさんにクラスの人数分の小袋を用意してもらい、一人当たり、芋けんぴが5匁とか、キャンディーが3粒とか、ラムネ菓子が5匁とか、そして絶対に欠かせない香ばしくて、サクサクするあの食感がたまらない「マコロン」だ。
全員分の金額とそれぞれのお菓子の単価(100匁○○円)など考慮しつつ、一人当たりの匁数を計算したりして、子袋に分けて貰った。算数が得意だったのが功を奏したってところかも知れない。
「マコロン」は和菓子だった
マコロンは仙台が発祥とのこと。ヨーロッパ(イタリア)で作られたマカロンが、19世紀に日本へもたらされたものが元になっているそうで、マカロンはアーモンドが主原料のため、日本では馴染みがなく、江戸末期にアーモンドの代わりに落花生を用いたのが始まりだそうで、明治には商業化されたとか。
落花生の粉末と卵白に砂糖を混ぜた生地を焼き上げる。表面がひび割れてるのが特徴的だ。
そして至福のスィーツに
あの懐かしくも素朴なお菓子が、お茶の時間を楽しませてくれる。コーヒーも良し、紅茶にも良し、ほうじ茶にはピッタリ合うんじゃないかと思う。小生にとっては洋菓子系よりも、何といっても至福のスイーツだ。
最後までお付き合いくださって、ありがとうございました。
今日の一日に感謝
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