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魂が震える稽古

昨日は原初舞踏の定例稽古でした。このところ、稽古の濃度が濃くて、深くて、昨日は、もうこれで死んでもいいと思えるくらいに魂が震える経験になりました。

身体の持つ可能性は、それが宇宙の始まりでありつつ、終わりでもあるからなんだということを感じながら花になりました。それだけで素晴らしい舞台になりうる空間だったと思います。

最上さんから「形に餌をつけた罠」という、まるで呪術師が弟子にするような説明を聞いたあと、簡単な振り付けをして、それを繰り返すうちに、どんどんと内在が誘き出されて、次々と噴き出すように出てくるという奇跡を目撃しつつ、そこに身を任せる幸せに、何度も卒倒しそうでした。

こうして花として咲くということが、もしかしたら全ての生命あるものの望んでいることなのだということをひしひしと感じながら、開いては閉じ、枯れては落ち、再び芽吹くということを繰り返しました。

特に結実し、それを開いていくプロセスでは身体中がときめき、打ち震えるのを感じながら、このまま、このエクスタシーの中に溶けていくことの喜びを感じていました。

新年会での踊りの構成はもうできていて、稽古も重ねていたのですが、今日の稽古を受けて、どうしても少し変更したくなりました。またそれをどう15分の中に納めるのかしばらく悩むことになりそうです。

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