Swinging Chandelier-3:交叉点
Swinging Chandelier-3:交叉点
子犬みたいに可愛い子だ。
でもあれは大人の女を知っている。
教えられたことを正しいと思ったまま、すごく自分を持て余している。そういう意味においてはきっと、お友達。
会社が企画したクリエイター発掘のオフ会。過去何回か開催していて、オフ会経由でうちの会社に登録するクリエイターも毎回数名いる。開催ごとに微妙にクリエイターのジャンルをずらしながら広い分野の作家を獲得したい、というのが会社の方針らしい。今回は、ソーシャルゲームの二次創作イラストを描く人、そこからSNS繋がりでオリジナルのイラストを描く人、手芸でキャラクターオマージュアクセサリーを作る人、そういう面々。オタ文化にも参入していきたいという上層部の狙いがよく表れている。わたしがメインで関わっている企画ではなかったが、現地のスタッフが足りないので前日からの設営と当日の雑多な業務に駆り出されている。
アンズさんというイラストレーターの人は、実年齢より若く見えるふんわりとした雰囲気の、オンナノコ、という感じの人だった。スーツ姿の男性と一緒に早めの時間から参加していて、こういった場が不慣れなのかあまり落ち着かない様子。少し料理をつまんでから一人で会場をぱたぱたと歩いていた。
「あの、」
声をかけてきた時には他のクリエイターの名刺を持て余しているようだったので、パンフレット用のビニールバッグを一枚渡した。
「どうされました?」
「あっ、と。えっと、夫がオンラインのゲームとかやっていて、ああそれは私もやるんですけど、オフ会みたいなのは個人の集まりばかりで、こういう、企業さんのやつはあまり経験なくて、販促?みたいなことってどうしたら良いのかなって」
ゴシックロリータに夢可愛い、をミックスした感じの、白い膝丈のドレス。裾の膨らみ具合から見てパニエは軽め。飾りの少ない胸元に合わせて同色のショートコルセットを締めている。けれど化粧は薄め。目元は肌馴染みの良いブラウン、口唇はティントをほんのり程度といったふうで、ゴスロリ御用達のヘッドドレスなどは着けず、髪型はなんというか、ナチュラル。それは少しちぐはぐした、いたいけな可愛らしさ。
ベルベットローズをくっきりと唇にのせて、アイラインもしっかりひいたわたしに話しかけてきたことを、不思議に思う。
「そうですね、作家さんごとにやり方はそれぞれありますが、ええと。名刺とかって作られてらっしゃいますか?」
「名刺、」
一瞬、アンズさんが言葉に詰まった。イラストレーターさんだからこだわりが強くて中々気にいるデザインが決まらないのだろうか。そんな作家はたまにいるけどマネジメントとしてはあまり良くないから、さてどうアドバイスをと思案する。
「その、いわゆる『お仕事』じゃないから名刺なんか作っていいものかなって」
照れ臭そうに、というよりは申し訳なさそうにアンズさんは言った。なんで申し訳なさそうにしているんだろう。自分で来たオフ会なのに。というか販売までしてるなら名刺作っておかないと顧客も困るのでは。
しばらく他愛ないというか、顔繋ぎのような会話を繰り返してなんとなく、その意味がわかるような気がした。
出歩くのが申し訳ない?ええ、専業主婦って一日中働いてるじゃないですか、タイムカードもないから終わりもないし。朝から晩まで評価軸の曖昧なまま。
「あ、でも家の中のことだし。誰にでもできるっていうか。専業主婦なので……」
どちらかといえばそれは、できなきゃいけない、を飲み込んだ顔。
わたしはふわり、笑いかける。
「さあ。誰もが結婚するわけではないですし、家事の得手不得手は、性別でさして変わるわけではないと思いますよ。わたしなんか中食のお惣菜ばっかりで。自慢できないですけど」
アンズさんは、しまったという顔をした。
「ごめんなさいそんなつもりじゃ。わたし外で働いてもないから、つい」
また申し訳なさそうな顔をする。
くつくつと、笑いが込み上げて、噛み殺す。
ああ、可愛いな。
「でも実際アンズさん、オリジナルのイラストを定期的に受注販売されてますし、こうして今回弊社のイベントにいらしていただいてますもの。それって、立派なクリエイターさんだということだと思いますよ、」
手身近な経歴はイベントの登録時に記入欄があるから、名前をだしてもらえばすぐにわかる。アンズさんの作風は、少女漫画やティーン向けのソーシャルゲームといった雰囲気。サックスブルーやパステルピンクといった、柔らかで明るい背景や衣装の中に、瑞々しい笑顔を浮かべた少女を描いた作品がほとんどだ。少し気になるのが、その中にぽつぽつと、目線やスカートから覗く脚の皮膚などに際どい線の使い方をしている作品があり、それらは全てここ最近に描かれたものだということだった。あからさまなエロ絵、というわけはないが「どんなミニスカートで走り回っても下着は絶対に見えない世界観」のイラストが大半なだけに、寝台の上に四つん這いになって、丁度こちらを振り返るアングルで描かれた少女の、軽微な苦痛を期待するような眼差し、少女が身に纏う、たっぷりとドレープをとった白いドレスからコントラストを強調して描かれた臀部のシルエット、それらが妙に引っかかる。
「ちょっと、恥ずかしいです」
ふんわり広がったスカートの裾をいじるアンズさんの手。短くまるく整えた爪は、ほんのり上気したような薄桃色のエナメルで塗られている。
「ぜひこの機会にいろんな作家さんと交流なさってください。うちの会社の損得なしに、作家さんが切磋琢磨するのは良いことですから」
そういえば連れの男、夫って感じじゃなかったな。
「自信持ってくださいね。良かったら、デザートも」
立食用のテーブルには沢山のお菓子。木苺のマカロン。キャラメルのムース。若々しい酸味のタルト・オ・ザブリコ。
「ありがとうございます」
弾けそうなお礼を言う。ティントの口唇が少しひび割れて、緊張しているのが分かる。
この人が本当に欲しいものはきっと、お菓子じゃない。
連れ男が探しにきた。
「迷子になったかと思ったよ」
男は、わたしには目を合わさない。
「もうー、子どもじゃないってば」
「この間だって地図アプリを見ながら迷子になったばかりだろう?今日は慣れない場所なんだから、特に、ね」
「だからそういうの、恥ずかしいから言わないでよぉ。それよりね、色々マーケティングとか親切にお話してもらってたんだよ?」
「へぇ」
わたしに向き直ろうとした男の視線を、今度はわたしの方で躱す。
男が腕を伸ばして掴み取れる距離の内側に、アンズさんは入らない、少なくともわたしの前では。うわずりそうな声を笑い声に紛れさせて、つかず離れず。期待、不安。
それでわかる。なぜアンズさんが、強い色を口唇に塗ったわたしのところへ来たのか。
ああ。可愛いな。
可愛い、可愛い。
大嫌いよ。
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