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『悲しみの秘義』(いもうと)

あねへ


「人生にはその後の運命を変える瞬間が幾度かある」
懐かしい。父の声で再生されます。父の人生では、それはいつだったのだろう。アイヌ語に出会ったとき。結婚をしたとき。子供たちの生まれたとき。もしかしたら誰にも知られず父の中でだけ、低い音が鳴るように、体の隅々まで震えるように、その瞬間が訪れていたこともあったのかもしれない。
今になって、聞いておけばよかったと思うことがたくさん、たくさんあります。


本屋で美しい装丁の本を見つけたので手に取りました。
『悲しみの秘義』という本です。

悲しみ、言葉、読むこと、書くことなどをテーマに、古今東西の作家、詩人、思想家らの言葉を引用しながら綴られた26篇のエッセイ集です。

部屋の隅で、体育座りをしながら、ときどき手を止め、著者の求めるように声に出して読んでみたら涙が溢れて止まらなくなったりしながら読みました。

著者は言います。「人生には悲しみを通じてしか開かない扉がある」。
人生はその人にとって固有であり、同じ悲しみはふたつとしてないけれど、だからこそ誰かの悲しみと共振する。時代も時空も軽々と超えて。

街を行くどの人にも、どのマスクの下にも、その人だけの悲しみを抱いている。
ああ売りたかったな、と思いました。元書店員として。
小さなテーブルにクロスをかけ、角をぴしりと揃えて美しく積み上げたい。こういう本が、あるよ、とそっと置いておきたい。
きっとこの本があなたに語りかける日が来るよ、と店に置きたい。
誰かが手に取るのを見たら泣いてしまうかもしれない。

本は人を繋ぐ、と思ったのは10年前の震災のときでした。
物流は止まり、情報は錯綜し、テレビから流れる映像は直視できないほど。それでも、それだからこそ、本屋にはお客さんが来ました。
これから支援に行くのだという人が東北の道路地図を。
子どもが泣くのでというお母さんが新しい絵本を。
欲しい情報を、行動の指針を、ひとときの慰めを。
作家がいて、編集者がいて、校閲、製本、検品、配送、ここに来るまでに幾人もの手を経て本はここにある。いま私はカバーをかけて、あなたに渡す。どうかあなたの力になるように。なりますようにと。

もっと何か、感想を書きたいのですが、何を書いても違うような気がします。私の中で、言葉が熟していないのでしょう。黙して、いつか口から、指先から溢れでるものを待ちながら、折に触れて読み返そうと思います。
とてもとても、良い本でした。

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