名盤紹介:くるり『THE PIER』
くるりのアルバム『THE PIER』は名盤である。
それをただ言いたいためだけにこの記事を書く。
2021年3月5日、くるりからトランペット担当・ファンファンが脱退したことが発表された。
くるりはデビューから23年の間で様々なメンバーが加入・脱退を繰り返しており、現在は2011年6月加入のファンファンの脱退により、再びオリジナルメンバーの岸田繁(ボーカル)・佐藤征史(ベース)の2人体制となった。
そのときそのときの編成で、くるりは多くの名アルバムを出してきた。
3ピースのシンプルなロックアルバム『さよならストレンジャー』(1999年)、打ち込み音とバンドサウンドの融合を目指した実験的なアルバム『TEAM ROCK』(2001年)、ウィーンのオーケストラが全面的に参加したクラシックアルバム『ワルツを踊れ Tanz Walzer』(2007年)と、聴き手を飽きさせない、また本人たちの音楽的探究心もあふれた作品を多く生み出し続けてきた。
そのなかでも特に推したいのが、岸田・佐藤・ファンファンの3人体制でリリースされた2014年9月発売の12th Album『THE PIER』である。
全体概要
アルバム『THE PIER』のキーワードは「多国籍」である。
このアルバムを聴けば、世界一周旅行をした気分を味わうことができる。
中心人物の岸田繁はソロで映画音楽を手掛けたり(時々くるり名義でも担当する。)2017年からは京都市交響楽団へ交響曲を提供したりしており、音楽的嗜好も幅広い。
そんな岸田を中心としたバンドだからこそ、自分たちの原点であるフォークロックとトレンドや伝統的音楽など様々な要素をブレンドして楽曲を制作することが可能だったのだろう。
『THE PIER』ではジャケットにもある京都府北部の日本海を出発地点とし(ジャケットはトランペット担当のファンファンによって撮影された。)、楽曲ごとに世界各地の様々な音楽を貪欲に吸収していく。
また、くるりはアルバムごとで作品全体のサウンドの方向性を基本的に統一しているが、この作品に関しては「サウンドを統一しない」ことこそがコンセプトであるように感じられる。シングル曲のようなキャッチーな曲もあれば、誰も手をつけたことのない革新的なアレンジの曲もある。
岸田はアルバムの楽曲のバランスについて、インタビューで以下のように答えている。
岸田「ムチャな日程で組まれた観光コースが行ってみたら案外よかった、っていう作品かもしれないですね。そういうツアーは実はどこの旅行会社(=アーティスト)もやってなかったみたいな。でも、それはたまたまなんですよね。作為をもって作るということにおいては僕らはまだまだなので。」
音楽ナタリー「くるり 「THE PIER」 インタビュー」
取材:中野明子・丸澤嘉明 文:丸澤嘉明
『ワルツを踊れ Tanz Walzer』と同じくウィーンのオーケストラとともにレコーディングされた楽曲もあれば、シタールを取り入れた中東感あふれる楽曲もある。そうかと思えばある家族の朝食風景にお邪魔する楽曲もあり、より日本を感じられる曲もある。
どういうことかわからないと思うので楽曲ごとの簡単な解説へ。
1.2034
発売年の2014年から20年後である「2034年」をタイトルに冠した近未来感あふれるインストナンバー。
旅に出るとは言っても一筋縄ではいかなそうな、時空ごと吹き飛ばされそうな雰囲気がぷんぷんに漂う。
映画『クラウド アトラス』の影響を受けている、という。
2.日本海
シンセサイザーによる印象的なイントロでいよいよ出港。
「漁り火」「水面」「桟橋」「海鳥」と海を連想させるワードを多く歌詞に使用している。
さらに「向こうに見えるは露西亜」と日本海側と特定する一節も。
またサウンドも含めとても低体温な印象があるが、このアルバムの本格的な制作が2014年年初より京都府北部にある岸田の別宅にて開始されたことにより、「冬の日本海側」のイメージが曲にも宿ったと考えられる。
3.浜辺にて
「日本海」から曲間なく突入する。
「日本海」とともにファンファンのトランペットの音色がとても良い。
歌詞で描かれているのは船が出港した後の港の風景だろうか。
日本的要素が強い楽曲だが、エレクトリックシタールがアレンジに多用されるなど所々で異国感を漂わせる。
4.ロックンロール・ハネムーン
2013年6月に配信された「チオビタ」のCMタイアップソング。このアルバムの中では一番最初にリリースされた楽曲でもある。
楽曲制作時に岸田が包丁で左の小指を切ってしまいギターを弾けなくなってしまい、急遽鍵盤を中心にアレンジを組み直した、というエピソードがある。(ナタリー「くるり 「THE PIER」 インタビュー」より)
間奏はほぼファンファンのトランペットを中心としたアレンジで、前途洋々な旅の情景が描かれる。
5.Liberty & Gravity
本アルバム最大の問題作。岸田本人がアルバム発売前のライブでこの曲を披露する際に「変な曲」と形容していた。
「浜辺にて」以上にエレクトリックシタールが全面的に使われており、ライブでは岸田がシタールを演奏しながら歌う。中東の要素が強い楽曲で、目まぐるしく曲調も変化していく。
しかしやはり問題なのは歌詞だ。
博士のやること成すこと全てが失態
任せなさい この僕のこと皆は待ってる
とりあえず 僕らはここで失礼します
やること成すこと全てを水に流しても
誰かのために働く 土曜日の風が吹いてる
力を出して働く はみ出しそうでも働く
ヨイショッ! アソーレ!
ガッテンダ!
どうしたんだよ なんだこれは
カネのなる木だ
エイサッ ホイサッ
諦めかけてた この道の途中で
Feel Like POM POM POM POM...
最初のリバティ
POM POM POM POM...
覚えたグラビティ
「Liberty & Gravity」
何を言いたいのかわからない。本当に。
そして楽曲自体はなんと岸田がウィーン滞在時にギター1本で創ったというから驚きだ。
6.しゃぼんがぼんぼん
わずか1分半の高速ロックナンバー。歌詞もほぼ意味なし、というか考える必要もない。
この曲はメタル要素が強めなのだが、岸田曰くEDMの要素が結果的に入ったという。
岸田「例えば、“しゃぼんがぼんぼん”っていう速くて短い曲は、「これはメタルだから」って2バスにして、速いギターソロ入れて作ったんですけど、よくよく聴いたらEDMっぽくて。でもそれは、EDMが好きだからそうなったわけじゃなくて、むしろちょっとバカにしてるところがあるんですよ、たぶん(笑)。なのにそういう要素を取り入れることって、すごい……素敵なことやなって(笑)。」
くるりインタビュー 「ロックバンドはみんな真面目すぎる」
インタビュー・テキスト:金子厚武
超高速のギターロックなのに後半にいきなりエレクトロサウンドが導入されるのはたしかにEDMの影響があるのかもしれない。
ちなみに岸田はこのアルバムを制作する前にAviciiの1st Album『True』を聴いており、この作品に影響を受けたことを公言している。
7.loveless <album edit>
アルバムの中では最も「普通のロック」をやっており、サウンド・歌詞ともにくるりの王道ともいえるロックソング。
異国の地でふとホームシックになったときに故郷を思い出すような、ある種の「安心感」を与えてくれる楽曲。
アルバムでも中盤に配置されたからこそ、その威力が発揮されている。
8.Remember me
2013年10月にシングルリリース(2013年1月に別バージョンが先行配信されている。)されたNHKの番組「ファミリーヒストリー」のテーマソング。
2007年発売の8th Album『ワルツを踊れ Tanz Walzer』と同じくウィーンのオーケストラとともにレコーディングされた楽曲である。
イントロはOasis「Whatever」のオマージュであることが聴くとわかる。
壮大なオーケストラサウンドとアコースティックギターを中心としたバンドサウンドに乗せて歌われる歌詞は、まさに「郷愁」を歌ったものである。
ほら 朝が来るよ
新聞は毎日パパの顔曇らせたまま
子供だって おとなになるよ
ママになってみたいな
何処か遠くへと 行くのかい
Do you remember me
いつか教えてよ
あの時の涙のわけを
笑顔の思い出を
「Remember me」
クラシックの曲調で歌われることにより、日本だけでないあらゆる場所でそれぞれの習慣・文化のもと暮らす人々にまで想いが巡る。
9.遥かなるリスボン
お次はポルトガルに到着。小春(チャラン・ポ・ランタン)が演奏するアコーディオン、ポルトガル民謡であるファドの影響を直接受けたサウンドが「リスボンの港町の風景」を想起させる。
「Remember me」にも出てくる「パパ」「ママ」、「日本海」「浜辺にて」にも出てくる「カモメ」というワードがこの曲の歌詞に使用されているが、それらの楽曲とは雰囲気が大きく異なる。
リスボンの気候のように(地中海性気候)のどかで暖かく、穏やかな様子が楽曲からも伝わってくる。
10.Brose & Butter
「Brose」はヨーロッパのオートミールのことを言うらしい。
これまた不思議なサウンド。前曲「遥かなるリスボン」と同じく西洋を強く感じさせる。
歌詞に関しては「Remember me」で描かれている「家庭」という要素を「朝食風景」というまた違った視点で描いているが、この曲はどこか「別れ」という要素も強く、何となく悲しげな雰囲気も漂う。
だが最後の歌詞「彼方に広がる空は青」がこの後意外な繋がりを見せる。
11.Amamoyo
本アルバムで唯一ベースの佐藤によって作詞作曲された楽曲。
かつて主催フェス「京都音楽博覧会」で石川さゆりと共演した経験もあるからか、この曲の岸田の歌い方には所々「演歌」の要素が見られ、11曲目に入ってもまだ表出していなかった側面が表れた。
12.最後のメリークリスマス <album edit>
アルバム発売前の2013年12月にシングルとしてリリースされたクリスマスソング。
誰しもの思い出に強く刻まれるクリスマスというイベントを、具体的な情景描写によって悲しげでもあると同時にどこか楽しげに表現している。
終盤にあるベートーヴェン交響曲第9番のパートも含め、クラシックの造詣も深い岸田繁にしかできない「クリスマスソング」。
13.メェメェ
ファンファン作曲のSE。「日本海」のフレーズを使用しており、帰港の合図とも捉えられる。
14.There is (always light)
岸田繁が劇伴も担当する映画「まほろ駅前狂騒曲」主題歌。
「loveless」と同様にくるりの王道ともいえるギターロックサウンドで奏でられている。(一部パートは「しゃぼんがぼんぼん」の後半のようなエレクトロサウンドとも融合しているなど、ここに来ても一筋縄ではいかない楽曲である。)
このアルバムの中では歌詞が一番直接的であり、旅の終わりを示すと同時に「別れ」に対する率直な思いがポジティヴに歌われている。
There is always light behind the clouds
明日までに晴れるさ
Love the life you live,
Live the life you love
until you will die
帰らなくっちゃ
「There is (always light)」
「There is always light behind the clouds」という言葉は「若草物語」で有名なアメリカの作家・Louisa May Alcottの言葉として伝えられている。
「雲の向こうはいつも青空」という意味で、とても希望にあふれた言葉である。そしてこの歌詞は「Brose & Butter」の最後の歌詞「彼方に広がる空は青」ですでに頭出しはされていた。
岸田繁の歌詞はどこか寂しげで影を帯びたものも多いが、この曲に関しては、「新たなる旅への希望」や「生きることの喜び」が強く感じられる。
このアルバムは岸田・佐藤・ファンファンの3人体制で初めての作品だったが、まだ慣れない体制でこのような素晴らしい作品を完成させることができたことによって、この先の音楽活動へも自信を見いだせたとも考えられる。
最後に
『THE PIER』はアルバム全体に細かなストーリーがあるわけではないが、楽曲同士のリンクが多い作品である。
それぞれの楽曲が歌詞・楽器・アレンジなど様々な点で有機的に結びつくことによって、トータルで聴いた際の充実感はとても大きなものになる。そして自然と最初からリピート再生してしまう。
この次のアルバム『ソングライン』(2018年)ではシンプルなロックサウンドが中心ながらも、これまでのキャリアの様々な時期に創られた(デビュー時期に作曲された楽曲も収録されている。)楽曲を現在の演奏・アレンジで完成させるという今までにはない取り組みがなされていた。
そして2021年4月28日には14枚目となるアルバム『天才の愛』をリリースする予定である。
すでにファンファンは脱退しているが、3人体制で最後に創り出した『天才の愛』とはどのような作品なのか、今から楽しみでしょうがない。