身につけるという事
先週、自分の中で人生の分岐点だなと思う事がありました。そちらの道はすごく魅力的で今からでも行けないかと思うくらいなんだけど、もう過去の事をいくら思ってても意味はないと思うので気持ちを切り替えて別の道への準備を始めました。
色んな理由でやめたけど、地味にウェイトあったのは「時間」な気がする。とその道に進めない事が分かってから気がつきました。
学ぶには時間が必要です。教わった事を自分で再現できる思考や行動出来るようになるまでってすぐにはできない。何回も練習して失敗して。それで覚えるしね。それが出来て「身についた」という事だし。
私は多分普通の人より芸術的なものが好きなので
その『身につける』という事が、どれだけ大変か少しは分かる。
分かってても出来ない。
習った通りにやっているのに出来ない。
そういうことが幾らでもある世界。でも生徒は先生のようになりたいと願って練習する。
先生のような動き、先生のような音色、先生のようなタッチの絵……他にあげればキリがないけど。
そんな世界を見ていたから、デジタル機器ってなんて素晴らしいんだろうと思う。願っても願っても出来なかったことが設定と手順でだいたい出来る。完全に再現できないのはその人独自の「なにか」を完全には公開してないから。という事までは分かる。
ただその先の世界は、芸術の世界に近くて、願っても自分で掴まなくてはいけない物があるんだ。というのが4月までの学びで分かった事。
やっぱ本質は変わらないんだな。
分野は全然違っても、本質の核となるものは同じ。分野によっていきなり核にぶち当たるのか、長い長いプロローグから始まるのかみたいな違いでしかない。
こんな事が分かった所で、その物がマスター出来る訳でもないんだけど、自分がやりたい道のロードマップが作りやすくなるかなって感じはしました。
今、やりたい事の準備の過程で頭を整理する意味で書いてみました。整理されてるのかな、どうなのかな?笑って事で今日のnoteはこれで終わり。最後まで読んでいただいてありがとうございました。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?