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不可思議見聞録#2 横顔
私が小学2年生の時、大きな団地に引っ越した。
新築の団地で、団地の中に保育園、幼稚園、小・中学校、スーパーマーケットに病院まで揃っていた。
遊び場もたくさんあって、子供たちにとっては夢のようだった。
新しい団地なので皆引っ越したばかり。
遊び場で「はじめまして。何号棟?何年生?」といった会話が飛び交い、同じ学年の子がいると「仲良くしてね!」とすぐ友達になる。
そして団地の子たちだけの学校が新しく始まり、友達も増え、毎日とても楽しかった。
引っ越して間もない頃、ある号棟で飛び降り自殺があったと大人たちが話しているのを聞いた。
母親に詳しく聞くと「お母さんが赤ちゃんを抱いてベランダから飛び降りちゃったんだって」と教えてくれた。
引っ越したばかりなのに何か辛いことがあったのだろうか。
小学2年生の幼い頭では「可哀相だね。」しか言えなかった。
ただその後、飛び降りがあったという話は聞かなかった。もしくは子供には伝わらないようにしたのかもしれない。
そして中学生になった。
小学生の頃から仲の良い友達Hがいて、中学生になってからはほぼ毎日Hの家に遊びに行っていた。
Hはお母さんと二人暮らしで、お母さんは1階にある薬局で働いていた。Hの家は2階で薬局の真上。18時過ぎまでHはいつも一人で留守番をしていた。
小学生の頃は気付けなかったが、中学生になってなるべく寂しくならないよう長くHと遊ぼうと思うようになった。友人2人も加わり、学校が終わると必ずHの家で4人集まった。
ちょうどその頃洋楽ブームで、私達はベストヒットUSAやMTVを録画したビデオを何度も何度も見返し、4人で「バンドやるぞー!」と張り切っていた。
その日もいつも通り4人で部屋を暗くして、MVを観ながら喋ったり歌ったりしていた。
閉まったカーテンの向こうにはベランダ、そして庇がある。
2階部分に庇があり、1階の通行人が濡れないようになっているのだ。また上からの落下物が1階に落ちないようにもなっている。
その庇に良くボールが乗る。自分もよくやったが、広場でボール遊びをしているとその庇に乗ってしまう。
2階の人にお願いして部屋の中を通り、ベランダから庇に出て取る方法と、庇の端の方にフェンスがあり、もちろん立入禁止なのだが、よじ登って庇に上がって取る、という方法がある。
小学生たちはフェンスから庇に出て、ボールを見つけて、下の友達に投げるのが日常茶飯事だった。庇は屋根のように丈夫で人が乗っても問題はない。私達はいつも「屋根」と言っていた。
ビデオを観ながらふとカーテンの方を見ると、窓枠いっぱいの大きな影が横切った。子供の横顔だった。
「ボール、取りに来たな」と思いながらまたビデオを観る。
庇は途中で切れている為、ボールを取ったらまたフェンスまで戻ってこないとならない。しかしいつまで経ってもその子供が戻ってこないのだ。
「あのさ…さっき子供が屋根(庇)のところ通っていったよね。」「うん、私も見た。」「戻ってこないよね。」「まさか屋根から飛び降りたとか?」などと言いながら、Hが窓を開け、庇まで出た。
「あれ…いないよ。」
驚いて友人達も庇に上がる。
私も上がろうとした時、ベランダと庇の間に女性物のサンダルと赤ちゃんの靴が並んで置いてあった。
「H…これ、何?」と、私が聞くとHは困ったような顔で話してくれた。
「ここに引っ越してきた時に飛び降り自殺があってね。当時、お母さんが下のお店にいて、家には私一人だったの。ベランダの方からすごい音がして窓を開けたら、屋根に女の人がいて…びっくりして泣きながら慌てて下にいるお母さんの所に行ったんだよ。サンダルは警察の人が持っていかなくてずっとここにあるの。恐いから触れないし困ってるんだ。」
まさか引っ越した時の飛び降りた親子がHの家の前に落ちたとは。
Hは女性の顔を見た為、その時の恐怖が今も消えないと言っていた。
話を聞き驚いていた私に、友人が「ねー、さっきの横顔さ、やっぱりおかしくない?いくら西日でも、あんなに大きく窓いっぱいに映るのおかしいよ。」
もう一度カーテンを引いて部屋の中から見ると、庇の上に乗る友人の影は身体まで見える。
横顔を見てから時間は経っているが、あんなに大きく顔だけ映るのはどう考えてもあり得ない…それにいるはずの子供はどこにもいない。
4人ともそれ以上横顔について話すのは止めた。
このあとHは一人でお母さんの帰りを待たなければならないからだ。
「あのサンダル、団地の人(管理事務所)に言って持っていってもらった方が良いよ。」とだけ言うのが精一杯だった。