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雑感:著書を出した後に変わったこと

 2019年に著書を出した後、初対面の人にたまに「知っています」と言われることがある以外は、特段生活に大きな変化があったわけではないのだけれど、ひとつだけ、はっきりと変わったなと思うことがある。

 わたしの原発事故の後からの一貫した姿勢は、その場所で暮らす生活者を尊重し、支援する、ということだった。とは言っても、別にここで暮らさなくてはいけない、と思っていたわけでもない。

 原発事故のあとの福島は、はっきりいって大変だった。放射能だけではない。とにかくひたすら、いろいろとめんどうくさいのだ。なにをやっても意見は対立するし、周囲はピリピリしているし、逆に妙に気は使われるし、生活は落ち着かないし、報道は騒がしいし、そのうち政府と東電が金をばら撒きはじめると、金目当てでおかしくなる人は続出するし、それによる対立も起きるし、国策が直接入ってくるようになると、今度は権力で人格が変わる人続出だ。放射能がなかったとしても、この暮らしづらさを考えれば、外に行きたくなるのはあたりまえだよね、と心の中では思っていた。

(蛇足:一般的に、人間は「色」「金」「力」で狂うと言われているけれど、この10年間、「金」と「力」でおかしくなった人は人間不信になるほどたくさん見たけれど、「色」で狂った人は1人もみたことがない。一方、権力の匂いを鼻先で嗅がされておかしくならなかった人は、ほぼ見たことがない。男性は特に、例外ないといっていいほどおかしくなる。したがって、俗説で言われてきた「色」で狂うというのは、たんにDV気質のまちがいではないか疑っている。)

 だが、世の中の大多数は、そうかんたんに居を移すことができるものではないし、また、多少暮らしにくくなったとしても、居を移すことだけが唯一、最終的に幸せな選択肢であるわけでもない。そこに暮らしたいと望む人も多くいる。わたしは、残って暮らす人の方の支援をするので、居を移したい人には別の人たちが支援すればいいのではないか、くらいのつもりだった。それに、事故直後は、避難を薦める声が圧倒的で、在住する人を支援するという動きは圧倒的に少なかったのだ。わたしは、どちらかというと、長いものに巻かれろとは逆の動きをするタイプなので、もし世論が逆であったなら、移住の支援をしていたかもしれない。

 ただ、事故直後の動転した空気感のなかで、わたしのこういうスタンスはあまり理解されなかった。移住を薦める人のなかから、むりやり汚染地にとどめて被曝させようとする活動だ、と曲解して攻撃する人が出てきてしまった。冷静に考えてみてほしい。今でこそ、ごくたまにメディアに取り上げてもらったりすることもあるけれど、当時のわたしはなんの力もない、たまたまtwitterがちょっとバズっただけの福島県内の一住民に過ぎなかった。どうやっても、他人の生活をコントロールするような力があるはずもない。しかし、誠に遺憾ながら、曲解は解けることがなく、2014年頃までは、反放射能の一部の人たちから目の敵のような扱いを受けることになってしまった。

 落ち着きはじめた理由は、関心の薄れもあるけれど、時間の経過にともなって冷静さを取り戻すと同時に、混乱の時期には入ってこなかった情報を取り入れることができるようになった人も増えてきたのではないか、とも思っている。

 原子力や放射能は、リスク認知と知識量との相関がUの字になっていることが知られている。知識量が増えればリスク認知が低くなるといった単純な相関関係ではなく、知識量が少ない層と知識量が多い層とでリスク認知が高くなる傾向がある。(風評対策で、「正しい知識が広まれば、風評はなくなる」という前提が誤っている、というのは、これも大きな理由だ。)
 原子力や放射能に対するリスク認知が高い人たちは、積極的に情報を仕入れる傾向がある、とも言える。こうした層は、放射能や原子力への忌避感は非常に強いものの、基本的に社会的関心(公共心)が高く、また、弱い立場の人たちを助けたいという感性の人が多いはずだ。だから、時間の経過とともに、変わってくれる可能性が高いのはこの層ではないか、というのはなんとなく思っていた。

 私は、物を書く時に、具体的な読者を想定しないと書けないという癖があるのだけれど、著書を書く時にも、誰に読んでもらうかを最初に考えた。ひとつは、「海を撃つ少年」だ。将来、事故をリアルタイムで知らない世代、特に浜通りになんらかのルーツをもつ将来世代が浜通りを訪れた時に、「なんでここはこんなことになってるの?」と思うかもしれない。その時に、理解の助けになるもの、一冊でなんとなく流れがわかるものにしようと思った。
 そして、もうひとつ想定した読者は、事故の直後の混乱のときに、福島は危険だ、あんなところに暮らさせてはいけない、と思った人たちだった。時間の経過によって、落ち着いてきた人たちもいるだろう。そうした人たちに、残った人たちの葛藤や暮らしとの向き合い方を伝えたら、福島に対する忌避感情がやわらくのではないか、と思ったのだった。もともと公共心の強い人が多いと考えられる層だ。真心や誠実さをダイレクトに受け取ってくれるのではないか。そう期待した。

 冒頭に書いた著書を出した後の大きな変化というのは、このことだ。しばらく経ってから気づいたけれど、放射能や原子力に対して批判的な層、最初は福島から避難した方がいい、と思っていた人たちからあたたかい声をかけられることが増えた。ちょっと驚くくらいだ。そして、思っていたとおり、そういう人たちは公共心が強いので、なんらかの労を払ってでも応援してくれようとする。(SNSでの口先応援ではない。) そして、きっと長く応援してくれるのではないか、と思っている。

 わたしが「風評加害」という表現に否定的なのは、本来、このように労を払って応援してくれるはずの人たちを、かえって遠ざけてしまうからだ。確かに、かつてはその人たちは福島に暮らすことに対して批判的だったかもしれない。だが、将来的にもずっとそうであるわけではないし、良心の呵責があるぶん、熱心な応援者になってくれるかもしれない。そういう人たちを、遠ざけてしまうのは、自分たちにとって損にこそなれ、得になることはない。もちろん、個人の感情レベルではそうも割り切れない思いを持つ人はいるだろう。だが、少なくとも、行政や政治家、研究者という施策担当者や中立を保つべき立場の人たちが使ってよい言葉とは思わない。

 最大多数の最大幸福という功利主義的な観点は、それだけですべての価値を網羅できるものではないし、それだけでは取りこぼしてしまうものも多くなるけれど、一方、政策対応を行う時には決して外してはならない観点だろうと思う。


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安東量子
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