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つい他人と比べてしまうフリーランスが、マリオカートに出場するノコノコに感情移入した話

夫が最近、Switchでマリオカート(以下、マリカー)をやり始めた。

わたしは、小さい頃からマリカーが苦手だ。
反射神経なのか動体視力なのか、刻々と変わるコースの状況に対応できる能力をとにかく持ち合わせていない。開発者が狙ったとおりに、障害物にぶつかるし、コースアウトする。

必死なせいで手汗もひどく滑ってしまって、ただでさえ下手なボタン操作がさらにおぼつかなくなる。当然勝てたためしはないし、そもそも思い通りに動かせなくてイライラし、大抵1レースでやめてしまう。

「なんで楽しめるの?どんなところが面白いの?」

そう聞いたら夫は、「うーん、なんでだろ。そういう説明するの苦手なんだよね~」と言いながら、チカチカと七色に輝くレース場のゴールラインを、1位で駆け抜けていった。

ゴールした後には、そのレースの順位やタイムが表示され、そのバックにはレース後のキャラクターたちの様子が流れていく。夫のヨッシーは、バンザーイを繰り返し、ウイニングランしている。

ヨッシーの指って4本なんだ、と思いながら見ていると、順位表の中にノコノコのアイコンを発見した。

ふと思う。
ノコノコって、どんな気持ちでレースに参加してるんだろう?

マリオ、クッパ、ピーチ姫、ドンキーコング、リンク……。名だたるスターに混じってレースに出るノコノコ。自分がノコノコだったらどんな気持ちだろうか。わたしだったら、周りに気圧されて萎縮しちゃうかもな……。そんなことを想像してしまった。

というのも、最近、わたしはノコノコみたいな状況に陥っていたからである。

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1年前に個人で働くフリーランスになった。
実績や認知度がある人と同じ土俵に、身一つで上がって色々と挑戦してきた。

わたしは昔から、負けず嫌いだ。
誰かよりも劣っていたり、他人の方がよい評価を得たりすると、比喩ではなく本当に歯を食いしばって悔しがる。劣っている悔しさをエネルギーにして、行動を重ねた経験が多い。それによって得たものがたくさんある。

もともとの気質に加え、成功体験があるがゆえに、わたしはことあるごとに他人と自分を比較してしまう。

発信の数や内容、集客数、収入、経歴、実績、人脈、知識や思考の深さ、人柄。「量」でも「質」でも、周りと比べて自分がどの位置にいるか、いつも確認しているのだ。

駆け出しひよっこのわたしの位置は、当たり前だがドベ付近の団子状態の中である。わたしはこれまでどおり、悔しさをバネに行動した。まずできていない自分を恥じ、次にできている人との差を洗い出し、そして差を埋めるために努力した。

そんなふうに1年過ごしていたら、「頑張れない」「頑張りたくない」と感じる瞬間が次第に増えていった。

一緒にレースに参加する人たちが、「多すぎ」「スゴすぎ」「曖昧すぎ」て、比較にともなう劣等感の浄化が、追い付かなくなったからだと思う。

行動していくほど出会う人は増え、スゴイ人のスゴさもスゴくなる。多様な人や意見に触れて、比較対象のイメージはどんどん複雑になった。

個人で仕事をする上で欠かせない(と言われている)SNSが、比較の機会をより身近にした。SNSは「誰か」が選び放題だ。

それに、個人で働く場合組織という盾はない。丸腰だ。だから「誰か」と比べるとき、自分の存在そのものが天秤にかけられているような感覚になる。

無数の「誰か」。圧倒的な「誰か」。得体の知れない「誰か」。

終わることのない「誰か」との比較から生まれる劣等感は、行動する気力をじわりじわりと吸い取っていった。

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わたしは夫の操作するヨッシーではなく、ノコノコの順位を追っていた。画面の隅に映るコース全体の俯瞰図に映る、ノコノコのアイコン。12人中、8位。ううむ。

レースが一段落して、ゲームの画面はキャラクターの選択画面に戻った。40人ほどのキャラクターの中にノコノコを見つける。満面の笑みである。

その笑顔を見て、またふと思った。
ノコノコは、わたしみたいな劣等感を抱きながら、レースに参加しているのだろうか

ノコノコは、クリボーと並ぶ、いわゆるザコキャラだ(ひどい言い方だ)。マリオやピーチ姫などと並んだら自分の人気はないのは肌で感じるだろう。
上司のクッパが一緒のレースに参加しているのだから、気を遣うこともあったかもしれない。
だいたい、カメというスピード感からかけはなれた生物にルーツを持つ。

わたしがノコノコだったら、「荷が重い」「勝てるわけがない」「自分が勝ったところで人は喜ばない」などと思ってしまいそうだ。レース出場を頼まれても断ったり、負け続けてヤケになったり、不人気に病んだりするかもしれない。

でも実際のノコノコは、1992年に発売された初代マリカーからずっと、つまり30年以上、レースに参加し続けている。最古参のレーサーだ。劣等感に苛まれ続けながら、30年もレースに出続けられるだろうか。

それにあの笑顔を見るに、もしかしてノコノコは、マリカーに召集されることや、レースに出場することを、心から楽しんでいるんじゃないだろうか。

勝敗や優劣などの「誰か」との距離で自分の現在地を測るのではなく、ただ、自分の感じるまま、自分のペースで、その時々の景色を楽しみながら、マリオカートでのキャリアを歩んできたんじゃないだろうか。

レースに参加し続ける自分を、誇りに思っているんじゃないだろうか。

ウサギとカメのイメージのせいかもしれない。が、ノコノコの晴れやかな笑顔を見ると、そんな気がしてならなかった。

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わたしもそろそろ、ノコノコマインドに切り替えないといけないんだろうな。だってそうじゃないと、好きなこと、やりたいことを続けるのが、苦しくなってしまうから。

そんなことを考えていたら、夫がヨッシーを爆走させながら言った。

「そういえば、マリカーの何が楽しいのって言ってたじゃん。あえて言うなら、前に出した自分のタイム越えられたときなんか、いいよね。曲がれなかったカーブをスムーズに曲がれたときとかも。俺、上手くなったなぁって」

なんと、夫はノコノコだった。

夫へのリスペクトが深まり、そしてちょっと羨ましくなった。この人はできてるのにわたしは……とまた比較し始めかけて、思い留まる。

わたしはこれから、なっていけばいいんだった。誰かではなく、自分と比較しながら、目の前のことを楽しみながら、成長するわたしに。ゆっくりマイペースに、でも着実に進んでいく、カメのように。

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