続・全くの素人が彫塑で藤井風フィギュアに挑戦する<第5回>
頭髪部分をゴッソリ
彫塑は「破壊と構築」の繰り返し。今日、ついに5回目の大破壊をしました。
先週、義母に
「何回でも、何個でも作っては壊すことの繰り返し、どんどんやれば」
と言われたばかり。なかなか大胆にスクラップする様子に、小学生たちが
「うわー!かぜが火野正平さん(火野さんが自転車で旅する番組をよく視聴している)みたいになっとるー!」
と叫んでいました。
火野さんといえば、番組内では好々爺(こうこうや)的な雰囲気を醸しておられます。けれども、若かりし頃は相当、女性におモテになったそう。
「握手したら妊娠するでー!」と冗談を言ってマダムたちに大人気ですが、そういう茶目っ気のあるモテ男、という点では藤井風さんと通じるところがあるかもしれません。
さて、髪をゴッソリ剥がし、丸坊主にしたあと、もう一度顔の筋肉を付け直すところから始めることに。輪郭や目鼻立ちはうっすら原型をとどめている状態。
大破壊する直前は、こんな状態でした。
髪形のせいもありますが、頭部と顔の肉付き、全体的なバランスが狂っています。そして、やはり似ていません。
子どもたちには
「なんで清塚さん入ってるのー?もう清塚さんにしとけばー」
と言われる始末。モデルは風さんで、清塚信也さんの写真はぜんぜん見てないのに、ホントなんでかなぁ(笑)
額にもっと肉付けするには前髪があると難しい。頭髪を剥がすことに…。
3DプリンターやAIが普及したとしても、人が自らの手で彫ることに意味がある
先週の情熱大陸で「令和の仏師」加藤巍山(ぎざん)さんを知りました。この方の作品は、実に慈愛に満ちていて素晴らしいです。
仏像だけでなく、仏師の枠を超えて彫刻家としても活躍。昨年は彫刻作品がN.Y.クリスティーズのオークションで高額落札されるなど、美術界でも注目を集めています。
「加藤が信じるのは、人が彫ることの意味。科学がますます発展し、3DプリンターやAIが普及したとしても、人が自らの手で彫ることに意味があって、1つ1つの地道な作業によって、数値化されない魂のようなものが作品に込められたと語る。」 引用:情熱大陸㏋
木は粘土と違い、一度削ってしまえば元に戻りません。ひとつの作品を作るのにも、念入りに粘土や石膏像で実寸大の彫像を作ったうえで計測し、本番の木工に取り掛かっていました。もちろん削る時はミリ単位なので真剣勝負です。
ストイックに作品に取り組む姿勢に、とても心惹かれました。モノづくりとアートの原点を見た気がします。
彫刻作品 sculpture の欄には、こう書かれていました。
私は百年後を見据えて、作品を制作しています。自身を研ぎ澄まし、純化し、限りなく透明になる。強い意志を持ってその塊に鑿を打ち込み、私の命を刻み込む。私の作品は彫刻という手段で綴った私の物語。すなわち作品は、私自身なのです。 引用:加藤巍山公式ウェブサイト
「すなわち作品は、私自身なのです」
って、すごいプレッシャーですが、実にその通りなんでしょうね。人形を作ると作った人間に似るというのも然り。同じことをハリウッドで活躍する造形家の片桐裕司さんもおっしゃっていましたし、義母も「あなたに似ちゃうからね!」と言っていました。
作品には、否が応でも自分が投影、反映されてしまうんですね。だから研ぎ澄ませそうとするし、ストイックにもなっていく。あぁ、彫刻家もミュージシャンも、作品に魂を刻んで作り上げるのは同じなんだなぁと。
加藤さん、なんと青年時代はギタリストだったとのこと。現在、経営からマネージメントまで、どこの団体にも所属せず1人で活動していることなど、とても真似できませんが、見習いたい、共感することがたくさんありました。
限りなく透明にはなれそうもないけれど
藤井風フィギュアが、なんだか観音様みたいになってきました(笑)
美しいものが好きで自分でも作ってみたい。そういう思いで続けていますが、欲を言えば、ただ美しいというだけにしたくない。見るたびに、仏のように穏やかで優しい気持ちになれる藤井風フィギュアになればいいなぁ、と思いながら作っています。
9月4日のフリーライブ当日は、穏やかな晴天に恵まれるといいですね。社会状況が少しでも好転するよう、願いや祈りを込めつつ、マイペースで彫り続けていきます。
これからの藤井風フィギュア、続編を綴ります。
藤井風フィギュア、第一作の制作過程、全22回の記録はこちら
藤井風さんのこと、いろいろ書いてます
画像引用:藤井風公式HP
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