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ひと時のネバーランド

起業家という道を経て、今は二作目の出版を目指している橋本なずなです。

週末 ——— それは、私が彼女になる日。

彼の、大好きなパートナーの、可愛い彼女をする日。

彼と居る時の時間が好きだ。

思考や分析をして、仮説を立てたり、もしもを想像して、それを矢継ぎ早に言葉にしても、同じ熱量で返してくれる彼が好きだ。

“物事の輪郭をなぞるように、丁寧に理解している” 

私のモノの見方について、彼が形容した言葉だ。


土曜日の大衆居酒屋、賑わう店内の壁際の席で、私は彼と話をする。

「 生意気やって、ガキんちょがなんか言ってらぁって、思ってくれて良いんやけど 」
『 いやいや。いいよ、言って 』

「 35歳で、何かを悟るには早くない…? 」

彼は優しく笑っていた。

私の辞書に “男のプライド” という言葉は載っていない。
これまでにも、しばしば男友達に叱られている。元彼たちに放った無自覚の矢について。

私は言ってから気が付いた。

—————「 今日は出過ぎた事を言いましたぁ、ごめんなさい 」

帰り道、歩道橋の上。上目遣いと少しだけ甘えた声で謝った。
彼は気にしていないように振舞うけれど、心のうちは分からなかった。


日曜日。
8時に起きて、15分で支度を済ませた。

「 サトシ、私、ウォーキング行ってくるね 」
『 え……うー、俺も・・・ 』
「 サトシも行くの?」
『 いや・・・まだ寝とく 』
「 うん、ゆっくりしてて。行ってくるね 」

寝ぼけなまこな彼の頬にキスをする。

身体を絞る為に始めた朝の有酸素。
歩いたり、走ったり、川を泳ぐカモの家族を見守ったり、風に揺れる草木に目を奪われながら街を回る。

ゲリラ的に思い出す昨夜の情事に、身体の奥が熱くなる。

彼の柔らかい肌、ブリーチを重ねて固くなった髪、吐息交じりの声に、私の太ももを掴む右手。
彼がつけているZARAの香水は、私の理性をいとも簡単に奪い去る ——— 。

「 ———っ…! 」

衝突寸前で横切った自転車が、情に溺れる私を現実世界に引き戻した。

帰りにはパン屋へ寄って、2人分の朝食を買って帰った。


「 ここに、お母さんが眠ってる 」

先月の納骨以来、初めてのお墓参りだ。

付き合って1ヶ月も経っていない。
それでも彼は、隣で手を合わせてくれている。

霊園の広場に置かれたベンチで、次のバスを待っていた。

広く青い空の下で、悔いや悲しみを静かに並べた。
10ヶ月という時間が流れても、涙は枯れることを知らないようだ。

彼はただ何も言わずに、私の手を握っていた。


家に帰って来て、しゅんとした心は甘いケーキが癒してくれた。

学生時代、漫画家志望だった彼にスケッチブックを差し出すと、ものの数分でリアルなうさぎの絵を描いた。
今にも飛び跳ねそうな、大きな目をしたネザーランドドワーフ。

絵を描く彼の横顔に見惚れていた。
飽きなんて来ないで、きっと、ずっと見ていられる。

そのうち彼の上に跨って、キスをした。

帰る前にもう一度。


ふたりで過ごす週末は、ひと時のネバーランド。

彼を駅まで見送れば、私は元の世界へと戻る。

彼も、誰も知らない。
使命と覚悟に満ちた、無機質な世界へと。

だけど、それも悪くない。

平日は起業家で、作家で、日の目を待つタマゴだけれど、週末になればまた私は彼に恋をする。

ふたりの世界、私だけの世界。

どちらも愛しい私の世界。

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